ミシェル・プラティニと富士見丘蹴球団【少年・少女サッカー】 | がんばれ少年・少女サッカー!

ミシェル・プラティニと富士見丘蹴球団【少年・少女サッカー】

娘と息子が通う杉並区立富士見丘小学校の玄関には富士見丘少年蹴球団の獲得したトロフィーが所狭しと並んでいる。
私が初めて小学校の公開授業に行った際に一番に目に入ったのもこの栄光のトロフィーの数々であった。
その色々な年代のトロフィーやペナントを見て富士見丘蹴球団と富士見丘小学校の伝統や思い出が垣間見られるようであった。
しかし少年団として小学校サッカー部から独立した存在となった今では子供たちがトロフィーを獲得しても寂しいがそのショーケースの中のトロフィーは増えない。
これは何処の小学校にも言える事だが学校運営を行う実質トップ(副校長、教頭)の地域スポーツに対する考え方、理解などでスポーツ少年団との関係は大きく変わって行くようだ。
昨年も倉庫に入っていたトロフィーなどの備品を処分して良いか?との連絡が学校から入ったように小学校とは一線を引いたグランドを借りているだけのスポーツ少年団は地域スポーツに理解の無い運営トップには少々厄介者のように感じる。
少年団に所属する娘・息子とも富士見丘小学校に通っているのだが、これは残念な現実である。
私はこの地域の出身では無い。
しかし、会社や仕事先で出会う杉並区に居住する人やサッカーをプレーしていた人たちから何度となく『富士見丘小学校ってサッカーが昔から強いんですよね』と話かけられた。
やはり現校長も富士見丘小学校転任の際に沓掛小サッカー部の父母から『あの富士見丘小学校に行くんですね』とうらやまし気に言われたらしい。
今年度から小学校の配布物からサッカー部などの練習予定が削除されるなど何も知らないPTAから見ても関係が良好では無いと映るようだ。
そして昨年の公開授業では玄関に飾られていた伝説のフランス人プレイヤー『将軍』ミシェル・プラティニが富士見丘小学校に訪れた際に富士見丘蹴球団の子供たちと撮影した思い出の1枚も大きな業務用冷蔵庫に半分隠されるようになっていた。
確かにサッカーに興味の無い人には全く必要の無いパネルなのかも知れない。
しかし伝説のプレイヤーの横で緊張した面持ちで写ってる子供たちはれっきとした富士見丘小学校の卒業生であり蹴球団OBである。
そしてFIFAワールドカップ1998フランス大会運営委員長が若かりし頃に富士見丘小学校に来校した記録なのである。

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いつかは文化人を気取った学校運営者から『この写真も処分していいか?』と聞かれる日が来るのだろう。
そして文化人が好む平等主義から、どんな大会に優勝しても学校の朝礼で前に出て表彰される事も無くなるのであろう。
しかし子供たちには学校から押し付けられた記念樹や記念碑より1枚の写真が昔の思い出を甦らせてくれる事に文化人には気付いて欲しい。