相馬直樹【川崎F】が引退を表明!
98年フランスワールドカップ日本代表で岡田ジャパン不動の左サイドバック相馬直樹(34)【川崎F】が、今シーズン限りでの現役引退を表明した。
相馬直樹はJリーグ2年目の94年に早稲田大学ア式蹴球部から鹿島アントラーズに入団し1年目から鹿島4バックの左サイドとして活躍した。
日本代表が初めて出場を果たしたフランス大会でも活躍をし、フランスのリーグ1のチームからの獲得も噂された。
良い思いではフランスワールドカップ予選のアウェー韓国戦の得点を演出したクロス。
あの勝利で日本代表が生き返り、ワールドカップ初出場を勝ち取ったと私は信じている。(岡野ゴメン..)
Jリーグで相馬のプレーで今でも鮮烈に覚えているのは、2000年J1リーグホーム等々力競技場での鹿島戦(ベベトデビュー戦)で決められた強烈なミドルシュートは忘れられない苦い思い出だった。
当時、川崎FはJ1に昇格したばかりで『J1で優勝するチームの左サイドバックはこんなシュートを打つのか』とショックと絶望感を味わいました。
その後、鹿島⇒東京V⇒鹿島とチームを移り、2004年J2優勝J1昇格を目指す若いチームの川崎フロンターレに経験をもたらす為に移籍した。
川崎Fでは3バック中央やボランチでの出場が多く、左サイドを切り裂くプレーは影を潜めたが経験によりチームの安定や若手選手のメンタル部分での成長への貢献は数字以上の物をもたらした。
日本サッカー功労者の1人である相馬直樹の第2のサッカー人生が良いものになることを願っている。
相馬選手の引退会見での言葉の「この現役生活をフロンターレという、本当に温かいサポーターのいるクラブでプレーできたことを幸せに思っています。」で彼の2年間のフロンターレでの生活が不遇でなかった事に安心をしました。
そしてチームを去る選手の殆んどが言う「本当に温かいサポーターのいるクラブ」を感じて貰えたことは、サポーターの一人としてとても嬉しいです。他サポからは、よく”緩い”とか言われますが、これが川崎フロンターレの文化なのです。
そして今後については「まず現場ではなく、外からサッカーを見たい。そして2年間、現役生活最後にお世話になったフロンターレさんとですが、今後、僕自身の希望としましては、クリニックやスクールといったようなもので、まずは関係を持って頂ければと思っています。」
相馬選手自身が希望し、スクールでも川崎フロンターレに携わってくれる気持ちがあるのは本当に嬉しいことです。(向島、大場、浦上と豪華なスクール陣です。)
相馬直樹(そうま・なおき)
ポジション/MF・DF
背番号/23
1971年7月19日生/静岡県出身
身長/体重 175cm/72kg
サッカー経歴
高部小学校スポーツ少年団(静岡県)
清水第六中学校(静岡県)
清水東高校(静岡県)
早稲田大学(東京都)
鹿島アントラーズ(1994-01)
東京ヴェルディ1969(2002)
鹿島アントラーズ(2003)
川崎フロンターレ(2004-05)
通算出場記録
J1リーグ通算 286試合10得点
J2リーグ通算 15試合0得点
ナビスコ杯通算 45試合3得点
天皇杯通算 29試合0得点
日本代表
国際Aマッチ通算 59試合4得点
(2005年11月10日現在)
川崎フロンターレでつけた背番号23は、サッカーを始めた高部小学校スポーツ少年団(静岡県)で初めて付けた番号です。(鹿島サポの皆さん、決して冷遇した訳ではございませんよ。)
尚、相馬直樹選手本人の引退記者会見は11月12日(土)J1リーグ第30節ヴィッセル神戸戦の試合終了後に行われる予定です。(追記11月12日神戸戦後の記者会見内容の詳細はオフィシャルHPへ)
http://www.frontale.co.jp/info/051112_soma/index.html
[相馬直樹 引退記者会見ドキュメントHP]