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外国人献金問題

前原元外相が在日韓国人からの献金問題で辞任して間もなく、菅前総理への在日韓国人からの献金、および野田前財務相へのNPO法人から不適切な政治献金が報じられた。
まさに大震災が起こった2011/3/11の朝刊で。


その後、震災や原発事故でこの問題はうやむや状態に忘れ去られてしまった。

しかし野田新内閣発足した途端、新たに野田首相と前原政調会長への外国人(在日韓国人)からの政治献金が発覚。

新政権への影響は必至と見られている。

笑ってください

半年ぶり、久々のお笑い系です。
「三宅裕司の奥さん」の新ネタを仕入れました。
ネタ元は、TVやWebからです。

Reiさんから、コメントで、“三宅裕司の奥さん、面白い”と、頂きました。
いつ頃upしたのかなと見ると、もう4年も前のことでした。

過去の三宅裕司奥さんネタはここをクリック




++++++Webより++++++

・病院で「CIAはどこですか?」
 ※ICUの言い間違い。 

・電気屋でエアコンを探してて、
「霞ヶ関はどこにありますか?
 ※「霧ヶ峰」の言い間違い。

・息子のクラスの連絡網伝達の時、次の人の名前がハギワラかオギワラか読み方が
 どっちだったか迷っているうちに相手が電話に出てしまった。で、
「もしもし、フォギワラさんですか?」

・海外旅行に行って、買い物中に英語が話せなくて困っている友だちのところに行き、
 「なにやってるのよ、あなた。こういう時は決まった言い方があるでしょ。May I help you?」

・夫婦喧嘩して家出した時の置手紙。
 「実家に帰らせてもらいます! 探さないでください!」

・グループで山に登っていて、頂上が近付いてきた時、
 「さあ、みなさん、もうひと暴れですよ」

・頂上に着いて
「まあ、見てー、この365度の大パノラマ」
 ※一年、三百六十五度

・タクシーに乗っていて
「運転手さん、そこの信号を右に曲げてくださいっ!」
 ※そりゃ無理だって!

・外食の際、伝票を取るように合図を送ったら、目の前にあったコーラを飲み干した。

・義母(三宅裕司の実母)に手紙で
「暮も近づきまして」と書くところをを、「墓も近づきまして」
 ※書き間違い。


++++++TVより++++++

・食べるラー油が流行っていた頃、買いに行ったお店で「食べるラーメンありますか」

・TVでおすぎとピーコがコメントしているのを観て、「良いこと言うわね、おピーさん」
 ※おスギとピー子が混ざってしまった。

・台所で奥さんが料理を作っていて、三宅さんがTVの高校野球中継を観ていた。
 アナウンサーが「先制のホームラン、先制のホームラン」と言った時、台所からやって来て
 「高校野球って“先生”も出れるの」

・「そのブラウス可愛いね、よく似合うよ」と言ったら
 「なあに?そんなにワッショイしても何も出ないわよ」
 ※お祭りじゃねっての! “ヨイショ”だろ?!

・履歴書の趣味欄に「登山(下山も含む)」と書いていた。
 ※登山って下山も含む、当たり前ジャン。



Webネタは、本人確認していないので「本当に~?」と思わないででもありませんが、
TVネタは、実際に三宅裕司本人が喋っていたものです。



真夏の昼のCheeの定位置、ベッドの下。

<何しに来たの?>

残暑

残暑お見舞い申し上げます。

去年の猛暑に比べれば...と言われても、暑いものは暑いです。
ゴーヤのカーテンも、下の方の葉が大分黄色が目立つようになって、「もうそろそろ終わりだよ」と言っているような気がします。

そんなところへ遅れ馳せながらと、江戸むらさきが二つ咲きました。

白い所が大分多いですね。
本来は白と青の面積比率が五分五分。

これが、イメージに近いように思います。



【江戸紫】えどむらさきとは。
武蔵野に生えていた“紫”の根を染料として江戸で染めはじめたことが由来。
藍色の勝った紫色で、江戸を代表する染め色とされた。

色のイメージとしては、歌舞伎の助六が頭に締めている病鉢巻。


漢方薬としても用いられる染料の“紫”の根で染めた絹を病気平癒のために巻くのを病鉢巻という。
歌舞伎「助六由縁江戸桜」では助六が勘気封じとして左右逆に締めさせた姿が粋だともてはやされた。




●向かひ家の児の泣き止まぬ残暑かな 楓山人
むかひやの このなきやまぬ ざんしょかな

終戦の日

日本において第二次世界大戦(太平洋戦争)が終わった日については諸説あり、主なものは以下のとおりです。
①1945年8月14日:日本政府が、ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した日。
②1945年8月15日:玉音放送(昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送)により、日本の降伏が国民に公表された日。
③1945年9月2日:日本政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した日。
④1952年4月28日:サンフランシスコ講和条約の発効により、国際法上、連合国各国(ソ連等共産主義諸国を除く)と日本の戦争状態が終結した日。

一般的には②で、終戦翌年から8月15日に非公式な形で追悼式が行われるようになったようです。

公式的には、
・1963年5月14日、同年8月15日から政府主催で「全国戦没者追悼式」が行われることが閣議決定。
・1982年4月13日、8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」とすることが正式に閣議決定。


因みに、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、ロシアでは、9月2日を対日勝戦記念日(VJデー)と呼んでいます。



憲法において戦争放棄している日本ですが、自衛隊という世界ではかなり上位と思われる軍事力(様々な分析はありますが)を有しています。
日本の弱腰外交はしばしば指摘されることですが、沖縄を始めとする国内にある米軍基地が、そんな外交の不味さをある意味でカバーしてくれている、もしくはいくつかの近隣国からの侵略やテロリストから守ってくれていることはそれなりに認めざるを得ないように思えます。(これにもいろいろ意見があるでしょうが)
その存在が多くのデメリットを生み出しているとしても、です。
しかし、実際に日本が攻撃を受け、戦闘状態に入った場合、果たして米軍の兵士が日本のために命を投げ出して戦ってくれることが本当にあるのでしょうか。

アメリカが日本を必ず守ってくれる、と言うのは幻想に過ぎないのでは...?
日本は自国の守りを人任せにしてはいけないのでは...?
最悪の事態が起こった時に、「想定外でした」では済まないのでは...?



福島原発の事故は、最悪の事態の想定に目を背け最善の対応をしてこなかったため起こったことだと、事故後の責任逃れ的発言や情報隠しなどから、殆どの国民が感づいています。

国防についても同様である、と言ったようなことを、自民党長期政権時代の反省や民主党政権の失政を踏まえ、日本の国防の有るべき姿はこうだと書いているのが、

<国防・石破茂著>
です。

帯書きには、こう書いてあります。

日本を狙っている国やテロリストが、「日本国民がまともになり、日本国がきちんとした防衛体制を整えてからではもう遅い、それまでにやるのだ」と思わない確証は、私にはありません。(本文より)


これは私見ですが、太平洋戦争における“最悪の中の最悪”の事態とは、ポツダム宣言の「黙殺」を「無視」と取られ、広島・長崎に原爆投下され、仲介を当てにしていたソ連にまで参戦されたこと、でしょうか。
戦争とはこうしたもの。
現代においてこんなことは無いだろう、と言うのは楽観過ぎ?
来たらざるを頼むなかれ、と言う古人の言葉があります。



まだ読みかけですが実はこの本、あとがきから読みました。
ノンフィクション系の場合、この本を買って後で後悔しないかどうか、本屋さんで“まえがき”や“あとがき”を読むことはよくあります。
小説ではこんなことは滅多にしませんけど、パラパラめくりくらいは...ね。

ブクログ

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序でに猫時計も。
    

    

明日へのマーチ



暑中お見舞い


旧メンバーのスーちゃんこと、田中好子さんの百か日ももうすぐです。合掌。


暑中見舞いは、とネットで調べたところ、
夏の土用(立秋前の約18日間)とするものや、暑中の期間(小暑~立秋前日の約1ヶ月)とするものがある。また、梅雨明け以降を条件に加えるものもある。

あと2週間もすると立秋になります。
頃合いや良しということでカードを作りました。
今夏は否応なく節電を迫られるべき状況に追いやられ、難行苦行の毎日かとは思いますが、エアコンを必死で我慢した挙句の熱中症では笑えない話になってしまいます。
節電グッズなどを上手く利用しつつ、この厳しい夏を乗りきりましょう!

遠い世界に<2>

遠い世界に

Good news

No news is good news.
boke
(Boke)