忌野清志郎は死んでない、
それは勝手に受け継いだヤツが勝手に日本中に伝えているからだ、
死を受け入れず、
そいつの思いを伝承し続ければ、それは死ではなく、
生きていることと何ら変わらないのではないだろうか
一番怖いのは忘れ去られた時だ、
それこそまさに死だ、
誰でもいい、
隣のヤツに語り掛け、
死んだヤツらの思いを伝えようぜ
俺は死についてよく語る、
小さい頃から死について考えていた
自分が死んだらどうなる、
自分の死後の見送られ方、
死後にも生に近い世界は存在するのか…
今はその付いて回った死について考える事は少なくなった
今はあまりにも守るもの
残すものが有り過ぎるからだ
これだけは言っておこう、
俺は自分の命を粗末に生きていた時があった、
でも今は違う、
ナゼかは生きていれば解る
生きていれば、
喜怒哀楽、
苦楽、
生死、
ぶち当たるさ
でも生きることで見えてくる世界を感じるのもワルくない
どうしても死にたいなら、
それを見てからでもいいよな
じいじ a.k.a Tatsuo Matsumoto R.I.P
ありがとうと合掌、
俺に握手を教えてくれた人
世界で一番尊敬しています
何回も危ないから帰って来いとの連絡を無視していた
信じたくなかったんだ、
わかるだろ?
2ヶ月後、
沖縄から帰って来た次の日の朝、
旅立った、
待ってたんだと気づくのに時間は掛からなかった、
気づいた時には遅かった、
じいちゃんが好きだった沖縄を好きになった、
じいちゃんが好きだったHOPEを吸っている偶然
いや必然か
握手をするのは、じいちゃんから受け継がれた、みんなとの繋がりになっている
書きながら泣きそうだ(笑)
あれから何度か沖縄に行った
未だにあの時の後悔が頭と心に残っている、
あれから何度かイヤな別れがあった
人の死は自分から何かを一つずつ奪っていく
でも人の死はその人の何かを一つ受け継ぎ、
誰かに渡していく作業なんではないのかな、
生きていれば死ぬこともある
死は生へのバトンタッチ、
頼んだぞ
だから俺は頼まれたことを自分にプラスし言葉や行動で人に広める、
アレンジ下手で伝わっていなかったらごめんな、
だから今日はありがとう、
感謝、それしかない、
また
会いましょう、