友人が春休みに地元に帰省した際、親戚の集まりの場で私立小に行くことを報告したら、


「そんな親のエゴで幼いうちから受験させるなんて・・・」


的な反応を一部からされたそうです。



やっぱり、お受験に対する理解は地域性や環境の違いによっても大きく乖離があるし、互いの価値観の違いからくるものなので、そういった反応があるのも仕方ないことかもしれません。



でも、受験させることが幸か不幸かなんて、それぞれの家庭が自分たちで判断することだし、他人が勝手にジャッジするものではないんじゃないかなとは思います。




そういえば息子も以前、



「○○くんは塾に行ったり勉強したりしていないけど、小学校には入れるの?なんで?」


といった質問をしてきたことがありました。



息子の疑問も一理ある。



「みんな小学校には必ず入れるんだよ。ただ、今みたいに頑張ってたくさんできることが増えたら、1つだけじゃなく色んな学校の中から入りたい学校を選ぶことができるかもしれないよ。たくさんの中から好きな学校を選べた方が楽しくないグッ?」



というような多少強引なポジティブ返答をした気がします。




すると息子も息子で、



「たしかにそうだね!気づき



と納得した感じで、以降、受験に対する疑問を
持つこともなく、流れのままに日々をこなしてくれました。



息子の単純さに救われた母ですお願い




相手は幼児ですから、自分で将来の選択ができるわけもないですし、受験するかどうかは親の判断になるのが当たり前で、それをエゴと言ってしまえばそうなのでしょうが、そのエゴが悪かといえば、そんなことないと思います。


どちらの選択にしても、子どもの将来を考えたうえでの決断に変わりはないのですし・・・




ただ、受験をするならば、ある程度子どもの納得を得てからの方が気持ち的にも前向きに進んでいきやすいのかなというのは、振り返ってみてちょっと思いました。