毎日ちょっとずつみなさんのブログをまわってます。けどみながら涙出てきそうになったり、本当に泣いちゃったりするから家でしか見れません。




ここ最近、心ここに在らず
とも言えるし
生きた屍
てのも言えてる

まだまだ1日を外で過ごす、いつもの生活をって
午前中でもう無理ってなってます。
少し頭痛いのは治った。けどふとした拍子に感情が溢れる
たまたま見てたテレビでスポーツ紙載せてたからね、ふざけんなって思った←書いてある内容ね
ネットニュース見ながらあなたは嵐の何を知ってるの?何がしたいの?って思った
抑えきれず涙を流し、なんでそんなゲスいこと言うの!嵐が嵐らしくいることが1番じゃないの?ファンをいつもこれでもかって思ってくれてるすごい人達なんじゃないの?なんでそんな利益がどうとか報道の自由とか、人の感情なんだと思ってんの!ってちょっと叫びました。
最終回がどっちかなんて別にいい。ただ、最後まで、楽しくしたい。経済効果とか言われても、私にとってはあっそ。いちいち言わなくていいよね?言う必要なくない?って思っちゃう
これはあくまで一個人の意見だしちょっとヘタってる←ちょっとじゃないけどさ
とこで見ちゃったからこう思うんだろうなと
片付けたかったよー
いや、いつもなら知らんぷりがんばってする人だからきっと今だけです。





ってこれは私の今日の進歩
ちょっとだけ…ちょっとだけね
良くなった



まだまだよ、私














で、タイトルの話(さっきのは何って言わないでね)


Un raggio di luce
ウン ラッジョ ディ ルーチェ←聞いたままを書いてるので違ったらごめんなさい

イタリア語で「一筋の光」という意味になります



この曲は1月のあのドタバタしてて忙しいのーなんて言ってた最中の演奏会で演奏した自作曲です。
去年の10月11月くらいから作ってたんですけど最初のストーリー性とか形式とかは全部消えて残ったのはモチーフと調だけっていう


で、方向がきちんと定まったのは12月
曲名決めたのは12月中旬とかでした


全体に暗い曲です。重たい感じがします。けど、明るい調も出てきます。
この曲のストーリーは最初明るい調でイントロが始まるんですけど自分が新しいとこに飛び込もうとしてるところ。そのすぐ次にこの曲のモチーフが出てくるんですけど暗いです。この部分は暗闇とか心の闇を表しています。で、そのままちょっと暗い部分が続いてほんのちょっとずつ明るくなっていきます。そこは自分が見つけ出した明るい道。でも、やっぱり暗いところへ戻ってくる。で、その暗い中にもちょっとだけ明るくなる場所があって、そこはこの方法はどう?とかこうしない?とかって提案してくれてて道が見つかりそうになってる。で、最後明るくなって自分が生きたいと思った道を堂々と進んでいく。ってのがこの曲のストーリーです。
ほんとにありがとうは聞いてもらってからこの解説をするとわかりやすいんですけどね


で、この曲で私が伝えたかったのはどんなに暗い中にいても、誰かが手を差し伸べてくれるかもしれないし、何か方法を提案してくれるかもしれない。はたまたテレビから何か方法を掴めるかもしれない。そうなったときに何もしないで諦めないで、その手や道を絶対に掴んで諦めずに進んでいこう。ということです。




って曲聞いてないのに分かるわけないんだから解説したってねって思うけどちょっとだけ感じたのは嵐が活動休止してる間、きっと明るく生きていくなんてそう簡単にはできることじゃないだろうし何より嵐のおかげで私は今も生きてるからきっと生きるのが辛くなるだろうなって
そう思った時に自分が作った曲に込めた想いを思い出せれば少しは前向いて生きていけるんじゃないかなって思ったのでまさかのここでしゃべりました。




今になってあの曲の歌詞ってそういうことかって納得したものがいくつかありました。
嵐は20年経つけど、根幹は何も変わらない。5人がみんな嵐を好きなんだってことは変わらない。信頼と尊敬があるからこうすることができた。
そうやって気づけたものがありました。




まだまだ立ち直るのにも時間はかかりそうですがゆっくりやっていきますんで頭か心の片隅にかまあやちゃんを置いといて貰えるとうれしいです。