おはようございます☀️
、、いきなり驚かせてしまったかもしれませんが、
これは、私がラジオ番組を担当していた時に、本番前に用意していた原稿のメモの一部です。
毎週こんなふうに、限られた時間の中でどんな言葉を使えば、そしてどんな声色で、どんな間のとりかたをしたら、伝えたいものの魅力がいちばん伝わるだろう?
と言葉を練っていました。
(ネットで配信はされていたものの)多くの人に顔は見えない、そして、限られた時間内しか伝えることのラジオ番組だからこそ、一文字一文字に愛着を持てるまで向き合っていたんです。それに、夢中になっていました。
だけど、言葉って、ラジオ番組に限らずとも、誰しも普段から一緒に生きているものです。
そんなことを思い返して、私は最近、そんな言葉の使い方ができていたかな?と、今朝ふと思い、すこし悲しくなりました。
コロナ禍で人と直接会う機会が減っても、毎日誰かとLINEをして、メールをして、zoomや電話をしたりもして、こうやってnoteを書いて、、、、むしろ、直接会えないからこそ、そして、多くの人が温かみをより求めるようになったからこそ、使うことばにこだわるべき機会が増えているのではないかと思いました。
文面であれば、話す時以上にもっともっと言葉に集中し得る部分があるなと思っていて、例えばLINEで何かを頼みたい時、(絵文字は使うほどでない関係性だとして)
「お願い。」
と送るのと、
「お願いできるかな?」とか、「お願いしてもいいですか?」とか「お願いできると助かる!」
と送るのでは、受け取った側の相手の気持ちが全然ちがうと思うんです。
魂のこもっていない言葉にふれると、少し傷ついたような、寂しい気持ちになったりする。(こうゆう言葉が溢れているからこそ、真心のこもった言葉に触れた時にときめくのかもしれない。)
だけれど、私たちは、伝えたいことが先行してしまって、どう伝わるか?を考えることを放棄して、頭の中にある要求をそのまま言葉にして届けてしまったりする。
どう伝わるか?を毎回考えるのって、すごく労力のいることだなとは思うんです。
だけれど、そのひとつひとつに、丁寧にこだわったら、
他人のことを大切に思う時間が増えて、
伝えたいことも伝わりやすくなって、
誰かを優しい気持ちにすることができて、
人ともっといい関係を築けるかもしれなくて、
なによりきっと、毎日の中に、きゅん♡とする瞬間がふえて、(りおちゃ味の強い言い回しでごめんなさい♡)がちょっと輝くよね
って思います。
コピーライターにならなくたって、アナウンサーでなくたって、(家の中にずっと閉じこもっていたって)ことばは、どんな人でも、何をしていても、毎日、一緒に生きているもので、使わずには生きられないものです。
だからこそ、どう表現したら優しく相手に、ほんとうに届けたいものが届くのか?伝えるのではなく、伝わるのか?
を考えて使いたいなと思います。
私の場合は、仕事上、過去に向き合わずにはいられなかった経験があるからこそ、人一倍言葉に対しての思い入れが強いのかもしれないのですが、
伝わり方を突き詰めて考えれば考えるほど、面白いものだなと思うんです。
きっとこだわればこだわるほど、面白くなってきます。
私は言葉が大好きだな〜と、思った朝でした♡
noteを通しても、愛と真心を込めてことばを届けます🕊🤍
そうして鮭の身がきゅっとしまったころに、
甘辛いお出汁と鮭の旨味がほどよく混ざり合った煮汁でごはんを炊きます。
炊飯器を開けると、
ふわっと白い湯気とともに甘さと魚介の旨味が凝縮した香りが鼻にすうっと入ってくるのが、もうこの上なく幸せな瞬間です!
そして、湯気の中からほんのりと秋色に色づいたご飯が顔を出したら、ごはんをほんわりと丼にのせ、その上に柔らかく煮込んだ鮭の身と、イクラを豪快にもりつけましょう。
そうしたら、真っ赤な艶々としたつぶと、紅葉のようなほんのりと綺麗な赤が食欲をそそる、まさに鮭だけを使った鮭の親子丼、「はらこ飯」の完成です!
、、いきなり驚かせてしまったかもしれませんが、
これは、私がラジオ番組を担当していた時に、本番前に用意していた原稿のメモの一部です。
毎週こんなふうに、限られた時間の中でどんな言葉を使えば、そしてどんな声色で、どんな間のとりかたをしたら、伝えたいものの魅力がいちばん伝わるだろう?
と言葉を練っていました。
(ネットで配信はされていたものの)多くの人に顔は見えない、そして、限られた時間内しか伝えることのラジオ番組だからこそ、一文字一文字に愛着を持てるまで向き合っていたんです。それに、夢中になっていました。
だけど、言葉って、ラジオ番組に限らずとも、誰しも普段から一緒に生きているものです。
そんなことを思い返して、私は最近、そんな言葉の使い方ができていたかな?と、今朝ふと思い、すこし悲しくなりました。
コロナ禍で人と直接会う機会が減っても、毎日誰かとLINEをして、メールをして、zoomや電話をしたりもして、こうやってnoteを書いて、、、、むしろ、直接会えないからこそ、そして、多くの人が温かみをより求めるようになったからこそ、使うことばにこだわるべき機会が増えているのではないかと思いました。
文面であれば、話す時以上にもっともっと言葉に集中し得る部分があるなと思っていて、例えばLINEで何かを頼みたい時、(絵文字は使うほどでない関係性だとして)
「お願い。」
と送るのと、
「お願いできるかな?」とか、「お願いしてもいいですか?」とか「お願いできると助かる!」
と送るのでは、受け取った側の相手の気持ちが全然ちがうと思うんです。
魂のこもっていない言葉にふれると、少し傷ついたような、寂しい気持ちになったりする。(こうゆう言葉が溢れているからこそ、真心のこもった言葉に触れた時にときめくのかもしれない。)
だけれど、私たちは、伝えたいことが先行してしまって、どう伝わるか?を考えることを放棄して、頭の中にある要求をそのまま言葉にして届けてしまったりする。
どう伝わるか?を毎回考えるのって、すごく労力のいることだなとは思うんです。
だけれど、そのひとつひとつに、丁寧にこだわったら、
他人のことを大切に思う時間が増えて、
伝えたいことも伝わりやすくなって、
誰かを優しい気持ちにすることができて、
人ともっといい関係を築けるかもしれなくて、
なによりきっと、毎日の中に、きゅん♡とする瞬間がふえて、(りおちゃ味の強い言い回しでごめんなさい♡)がちょっと輝くよね
って思います。
コピーライターにならなくたって、アナウンサーでなくたって、(家の中にずっと閉じこもっていたって)ことばは、どんな人でも、何をしていても、毎日、一緒に生きているもので、使わずには生きられないものです。
だからこそ、どう表現したら優しく相手に、ほんとうに届けたいものが届くのか?伝えるのではなく、伝わるのか?
を考えて使いたいなと思います。
私の場合は、仕事上、過去に向き合わずにはいられなかった経験があるからこそ、人一倍言葉に対しての思い入れが強いのかもしれないのですが、
伝わり方を突き詰めて考えれば考えるほど、面白いものだなと思うんです。
きっとこだわればこだわるほど、面白くなってきます。
私は言葉が大好きだな〜と、思った朝でした♡
noteを通しても、愛と真心を込めてことばを届けます🕊🤍
