昨日(今朝)友達と話したこと。

恋愛、お付き合いする相手とは100の思考(嗜好)があれば、
その100合えばすばらしい。
けど、お互いを好きっていうたった1つから始まってると思って
始めるべき。

コーヒーを飲む。
砂糖を1杯入れるか2杯入れるか。
(勿論、コーヒーは別々に飲むものと考えれば個々入れればいんだけど。。まあ例えです)
そこで、1.5杯にする話し合いが出来るかどうか。

別れた彼はその話し合いが出来なかった。
私は、何杯入れても良かったけど、会話にそれを持ち出すことすらを
嫌がっていたと思う。

何も言わずに分かりえる中を、別れた彼は望んでいた。
けど、それは子どもの、大人の恋愛の理想であって
何も言わずに分かるには、ちゃんとまずお互いを理解し下積みがいると思う。
それを踏まえて相手を理解した上で、もう言葉が要らないのならそれは理想だと思う。
相手はきっとアタシのことを何も知らない・・


友達は、「人間は言葉を持って生まれたんだから
コミュニケーションの手段として使わなくてはいけないと思う」って言ってた。
「何も言わずに分かり合えるのは、素晴らしいかもしれないけれど
その延長で、言葉を交わすというコミュニケーションが一つ減ってしまうんだよ。」
確かに・・・とは思った。

何が一番とかは、分からない。

けど、私は
100の定義を笑い合いながら、話し合える、
それすらも恋愛の醍醐味と思えるべく相手と会いたいと思う・・・
いいことも悪いことも、順追って話の出来る相手。
そうやって、お互いを理解し譲り合うこともし、ワガママも上手く生かせる
そう、会話の出来る、話し合いの出来る相手。

ヒステリックな男はもう無理だと思う・・・

これも子どもの理想論なんだろうか?