2年半前の能登半島の震災で大きな被害を受けたところに、「能登フルーツ天国」が立ち上がった。
先日、てっちゃん、たーぼう、マーボー、そしてリサンドロとサミラさんという5人組で能登で活動している復興支援団体Love Eastを訪れた。私たちは、昨年6月ごろにも、この5人組で訪れている。
実は私のスマホに昨年6月6日から8日にかけてボイスメモが入っていた。あまりボイスメモは繰り返して聞かないが、先日、聞き直してびっくり、私の歌う、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」が録音されていた。
思い返すと昨年6月に能登半島を訪れた際に、仮設の方々に憩いの場として多目的ホールでのカラオケと麻雀卓が用意されていた。
その時、サミラさんから、
「比嘉さんも歌ってくださいよ。」
「いや、私は人前で歌ったこともないし、大の苦手だから。」
と断った。
わざわざ震災の支援に行ったのに、皆さん励ますような歌も歌えない。役に立つような支援が何もできない自分に苛立ち、自宅に帰ってから誰にも聞かれないように、ひとり車の中で歌ったときの録音だった。
そんな事はすっかり忘れていたが、昨年8月から9月にかけレトロサロンと言うものをやろうとてっちゃんが話を持ちかけてきた。昨年の10月26日に,八ヶ岳の教会で第一回レトロサロンが予定された。そこではレトロな昭和の歌、フォークソングなどを歌い、誰でも参加しやすい教会イベントとした。
そこで私も何を歌おうか考え抜いて、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を選んで、ひっそり車内で、部屋に隠れて練習した。持てる力の全てを込めてカツラも衣装も用意し、牧師生命をかけて本番に臨んだ。
あれから1年が過ぎ、この1年を振り返った時、神様が様々な展開を見せてくれていることを改めて感謝した。
昨年7月に山梨の果樹農園主の奥様から、果樹園の夢と、その利益率が5割と聞き驚いた。そんな高い利益率は、一般企業で聞いたことがない。きっと何かの間違いでしょうから、農園主のご主人から直接その話を聞きたいと伝えた。7月末ごろ、農園が少し手が空いた時、ご主人から直接話を聞き、質問し、いろいろな可能性を伺った。
丁度その頃、私は12年間経営してきた障害者支援の会社を閉じた後だった。私にとっては、教会と会社とNPO法人がビジョンで一体化されることを模索しての12年だった。私は経営として考えた場合、農業には絶対手を出さないことにしていた。しかし、このポリシーが崩れ、この果樹園経営は心を即、捉えた。
つまり宣教のために、
教会×観光農園× NPO =リバイバル!
これが私の頭の単純さ!
この頃からレトロサロンと並行し、果樹園経営と叫びはじめた。昨年9月には農業法人を設立し、果樹を1本も植えてない男が葡萄園を作ると言い始めた。
能登の支援団体Love EastのAさんからは、そのNPO団体の経済的基盤の弱さを聞いていた。そのため、すぐにAさんに連絡を入れて、彼に果樹園経営を勧めた!
最初は軽く受け流された気もしたが、10月末に再度能登半島訪問した時、A牧師たちを急かして、町営のすごく立派な「実験農場」の場所を見学しに行った。そこは、22ヘクタールある実験農場で水道道路の設備も充分。さらに、地震の被害を受けた大きな倉庫2つ、レストラン、管理棟までついている。ただ、そこの前管理者が1人で管理運営していたため、農園が台無しになっていた。
そこで、Aさん達チームが立ち上がり、「能登フルーツ天国」の法人も立ち上げ、今年からその管理と経営を町から請け負い、チームと地元の人たちでその農場の回復の夢を描いている。建物に関してはまだ検討が続いているが、やがては建物の管理にまで至ると思われる状態だ。
その実験農場にはすでに、りんごや葡萄、柿などが広範囲に植えられていたため、Aさん達チームは放置されていた果樹の剪定から始まり様々な世話をし、今回の収穫に至っている。
先日、訪問した際に金沢駅で、Love EastのMさんが初収穫した、美しいぶどう「クイーンニーナ」を、作品のように差し出してくれた。その美しさと神様の御手を感じ、深く感動した。そして、振り返り、この1年の神の御手のスピードを感じた。
神は時に1日を1000年のようにゆっくり歩み、ときには1000年を1日のように超スピードで走る!
日本のプロテスタントによる宣教は、1859年から本格的にスタートした。それから167年が経過した。現在、日本に7000ほどの教会が存在する。だが、教会に通うクリスチャンは全人口の0.3%に過ぎない。
ゆえに、私の周りで起こってることや、日本全体に神がなさろうとする事は、人が救われるまでのスピードを上げることではないかと思う。能登半島からの帰り際、果樹園でシャインマスカットを大急ぎで50房収穫したが、所要時間はたったの15分だった!
Aさんのチームが見捨てられた葡萄の樹に肥料やり、水をやり、剪定し、害虫や病気から1年かけて守り育てたぶどうを、私は僅か15分で収穫した。4ヶ月手間ひまかけるお米や麦も、育てている間は全く収穫がない。しかし、収穫期に入ると僅か数時間で収穫は終了する。
神が僅かな1日を1000日のように、いや1000年のように用いるならば、多く魂の収穫期も一瞬に成し遂げるのではないだろうか?
by MA-BO