甲州金 甲州黄金餅(こうしゅうこがねもち)
甲州金山 甲州黄金餅(こうしゅうこがねもち)
山梨には昔、たくさんの金山があり、金が多く採れる地域として知られてい
ました。中でも大菩薩嶺の黒川金山(旧塩山市鶏冠山、現甲州市)や西八代郡
の湯之奥金山や中山金山、北巨摩郡の御座石金山、南巨摩郡の保金山などに代
表されます。
金山から採れた金の多くは、金貨として利用されました。江戸時代には「甲
州金」という、山梨独自のお金が作られ、広く使われていました。
江戸時代の初めに出版された、武田信玄の活躍を書いた「甲陽軍鑑」には、
合戦で手柄を立てた家来に、褒美として「碁石金」を信玄自らの両手で三す
くい取って与えたという記録が残されています。
どうやら、戦国時代の山梨では、碁石のような粒の形をした金貨が使われてい
たようです。
ただし、ほかの記録を見ると、もっとさまざまな産地や形の金があったよう
です。そうしたさまざまな種類の金の使用は江戸時代に入って停止され、統一
的な金貨、すなわち甲州金が作られるようになりました。
甲州金には「両」「分」「朱」「糸目」という金額の単位が付けられました。
それまで、金貨を重さで計算していた時代から、大きく変化することになり
ました。現在でも「金に糸目はつけない」といった言葉が使われますが、これ
も甲州金の糸目がもとになったものなのです。
甲州金(こうしゅうきん)は、日本で初めて体系的に整備された貨幣制度お
よびそれに用いられた金貨です。
こうした、歴史を振り返ってみて、甲州トウモロコシも何百年の歴史を得て
再び栽培されるようになりました。
この粉を使用して出来上がった餅は、金色に光輝きとっても綺麗ですし、トウ
モロコシの風味も生かされた逸品です。
まさに、甲州黄金餅(こがねもち)です。