「日曜日、出勤するからな。お前も出勤だぞ」
チャーハンは何だかんだ言って、『H』にも顔を出したくて仕方なかったらしい。
以前もバーに専念したことがあるが、少なくとも週1は出勤していたようだ。
そう。
今までは、バーとホストクラブの営業時間が違っていたので、無理すれば出勤できたのだ。
「えぇぇぇぇ」
わたしは『H』に行くのに気乗りがしなかった。
折角抜け出して来た樹海に戻りたくはなかった。
朝別れたチャーハンから、甘えた声で電話があった。
「すいすいおはよー。風邪治った?」
最近、寝起きのチャーハンはわたしのことを「すいすい」と呼ぶ。
「うん。ちょっとはよくなったけど、まだ喉痛いしね・・・」
「今日さー北京ダック会長の誕生日をブリ照りたちとやるんだよ。プレゼント買いに行かなきゃ」
「せっかくお休みなのにねー」
「会長の誕生日だから、しょうがないよ。8時からだから・・・10時前には抜けて『H』に出勤するからな。来いよ」
「せっかくだから、そんな無理して出勤しなくてもさー。休めばいいのに」
「でもさーオレとお前は一心同体じゃん?オレが出勤したら、お前は来るんだよ」
「一心同体なんかじゃないし!」
「いいから来い。電話するから」
わたしは、チャーハンの久々の出勤に、十分来客の予定があるような気がしていたし、体調も万全ではなかった。
それでも、やっぱりチャーハンと一緒に飲みたい気持ちもあった。
最近はいつもザーサイや店長が一緒で、チャーハンとゆっくり話してもいなかった。
りんごちゃんと、ベリーちゃん、レモンちゃんが一緒に『P』に行くと聞いて、その前にお茶しようということになり『Cafe AYA』に9時半に集合した。
結局レモンちゃんは来れなくなったとのことで、3人でお茶。
わたしが今日届いた『M』用の紫檀の靴べら4本を持って行ったら、りんごちゃんに《樹海妖怪クツベラー》と命名された。
10時には『P』に行くりんごちゃん、ベリーちゃんと別れ、ひとりでもう一度お茶をした。
チャーハンからは連絡がなかった。
北京ダック会長のバースデーを内輪で祝っていて、そう簡単にチャーハンが抜け出せるとは思わなかったのだが、きっとそういう状況なのだろうと思い、帰宅しようかと思いはじめたときにメールが来た。
《行くよ 来い》
出会ったばかりの頃に3文字のメールで営業されたことを思い出した。
わたしはとくに返事もしないで、『H』へ向かった。
店内はガラガラで、1組しか客がいなかった。
その1組はオレンジのTシャツを着た北京ダック会長たち5、6人のグループだった。
会長の連れの女は、今までに見た中でいちばんギャルだった。
卓に案内してくれながら店長が、
「北京ダックさん来てるんだよね」
と言うので、
「うん。見た。誕生日なんでしょ」
と答えた。あちらから見えない席を指して
「あそこにする?」
と聞かれたので、
「いいよ。気にしないから」
と答えて、いつもの卓に座った。
わたしが座ると、立て続けに3人ぐらいのお客さんが入ってきた。
ビールを飲みながら、新人くんたちと話す。
最近『H』には何人も新人が入った。
そしてなかに一人、とてもかわいい子がいるのだった。
会長の卓にいるチャーハンは、今日もカジュアルな装いだった。
「気にしない」
と言って会長から見える席に座ってしまったことを後悔するぐらい、また北京ダック会長にガン見されているのがわかった。
会長を祝うシャンパンコールが盛り上がり、会長は『H』の子たちをいじって遊んでいた。
それからなぜか、カラオケ大会が始まり、会長がコブクロを何曲も熱唱していた。
うるさいお店と化した『H』で、わたしはあまり喋ることもできずにちょっとげんなりしていた。
このお店、いつもはカラオケなんかしない。
しかもなぜか、専務も、焼きそばも、エビグラタンも、明太チーズ支配人も休んでいて、久々の社長の出勤を避けたかのように幹部がみんな不在だった。
チャーハンがわたしの卓に来たときには、もう12時近くになっていたが、さすがに誕生日の会長を無視してこっちに来てほしいとは思っていなかった。
チャーハンに靴べらを見せたところ、非常に喜んで靴べらを振り回していた。
チャーハンは少し酔っ払っていて、わたしに抱きついてきて耳元で喋り続けた。
「すいかぁ、オレがすいかのことほんとに好きなのわかるよな?」
「どうかなぁ」
「もうさー、今お前がわかんないなら、知らないから」
「知らないって?」
「オレがこれだけお前のこと大事にしてるのに、わからないんなら、もう仕方ないじゃん?」
「大事にしてる?」
「オレさー、今、お前が一番だから。現役の頃含めてお前が一番大事。お前はもう、金額じゃないから」
「はいい?」
「お前は、いくら遣うか関係ないよ。もう」
つづく
追記:
色恋の基本すね。
「俺がお前のこと、どれだけ大事にしてるか、わかんないのか?」
コレです。コレ。