西麻布にBARをみつけた。
3月の末のことだった。
地下にある隠れ家風。
看板のないそのバーは『m』といった。
それまでのわたしは酒好きではあったが、ひとり飲みをすることはほとんどなかった。
でもなぜか、『m』はひとりで行くのに全く抵抗がなかった。
わたしは、仕事関係の人と飲みに行って、仕事関係の話をするのに疲れていた。
『m』は不思議な店で、女性のひとり客が多く飲みに来た。
夜の仕事の人もいたし、普通のOLもいた。わたしのような業界の人もたくさんいた。
わたしはそこで、何人もの飲み友達をつくった。
自分の業界以外の友達が次々とできて、わたしはすごく楽しかった。
もちろん痛い飲み方をする女の子や、お店の人や常連の男の人との色っぽい話がある人もいた。
そこでわたしはデラ嬢と友達になった。
6月の半ばのことだった。
わたしより少しだけ年下のデラ嬢は、自らを
「わたしキャバなんですよ」と言った。
FOMAの電波の入りの悪い『m』で、デラ嬢は入り口の棚にいつもケータイを置いて飲んでいた。
デラ嬢は常にケータイを気にして、メールや電話を待っているようだった。
デラ嬢が『m』に現れる時間は日によってまちまちだった。
『m』を後にする時間は、だいたい4時頃。
そう。
彼女は、仕事が終わってからホストクラブに行くまでの時間つぶしを『m』でしていたのだった。
新宿に住んでいるわたしは、デラ嬢をタクシーで歌舞伎町に落として帰るのが習慣になった。
その頃わたしは週に2、3回は『m』に顔を出していたので、デラ嬢と顔を合わせる機会も多かった。
デラ嬢には通っているホストクラブが3軒あって、彼女はわたしにその3人の担当ホストを説明するときに「29歳」「27歳」「25歳」と言った。
「今、25歳からメールありました。デラに会いたいですってぇ・・・」
その3人も彼女の習性を理解しているのか、それぞれいいタイミングで電話やメールをして来ていた。
ただ、素人目に見てもその「会いたい」は営業だろう・・・と思えるようなメールにもデラ嬢はすごく嬉しそうだった。
デラ嬢と仲良くなってからしばらくすると、どうもデラ嬢の仕事がキャバ嬢ではなさそうなことが、わかってきた。
日によって違うところにいて、そこから送りの車で現れるのである。
わたしにとってデラ嬢の仕事が何かということは、大した問題ではなかったので、わたしは興味は持っていたが、聞いてみたりすることはなかった。
少し経ってから『m』のトオルくんに「デラ嬢はデリバリーの仕事をしてるんだよ」と言われ、わたしはその業務内容についていろいろ質問したい気持ちがあったが、訊くことはできなかった。
そして今日、わたしはデラ嬢に連れられて、「25歳」のお店に行った。
「25歳」は売れっ子で、明後日から誕生日の大々的なイベントがあるそうだ。
そのため誕生日2日前の今日は、たぶん空いているので行く価値があるとデラ嬢は言った。
わたしは『m』でモルトをストレートで5、6杯飲んでいたので、そんなことはどうでもよかった。
デラ嬢は歌舞伎町の道に詳しく、裏道を曲がって、わたしたちはビルの裏の細い道でタクシーを降りた。
いかにも裏口のごみ捨て場の傍からビルに入って、搬入用のエレベータで地下に降りた。
デラ嬢はタクシーを降りたときから、サングラスをしていた。
「誰に会うかわからないから」
彼女はそう言ったが、わたしは大げさな気がして彼女の自意識過剰を心配した。
地下の通路に、何軒かのお店の入り口があったが、飲み屋なこと以外どういう業種のお店なのか、わたしにはわからなかった。
『C』というお店の前でデラ嬢は立ち止まり、出てきた男の子に
「プリン呼んできて」と言った。
男の子は素直に返事をして中にドアの中に消えた。
わたしは、どうしてここまで来てお店に入らないんだろう。と不思議に思った。
デラ嬢は鏡張りになっている壁に自分を映して、しきりに自分のメイクや洋服をチェックしていた。
わたしはノーメイクだったし、デニムにスニーカーだった。
しばらくして、男の子がお店から出てき、デラ嬢は彼に
「友達連れて来たの。初回」と言った。
それからすぐにお店に入って、わたしたちは白いソファに案内された。
わたしはホストクラブとは、お店の前で待つものなのだな。と思った。
「25歳」はカスタードプリンくんという名前で、そのお店のナンバー1とのことだった。
白っぽい壁にブルーのライト。
思ったよりずっと広いお店だった。
わたしは、もともと年下の男の子に全く興味がない。
その上、ホストクラブにいるような《インチキビジュアル系》みたいな方向は、最も嫌いなタイプだ。
わたしは酔っ払っていたので、社会経験と考えて一度足を踏み入れたが、そこにいる男の子の中に、自分が好きだと思うような子は絶対いないと思っていた。
プリンくんは、ほんの短時間しかデラ嬢の隣にいなくて、気づいたら別の席で飲んでいた。
しばらくしたら、また別の席で別の女の子と話していた。
なるほど。ホストクラブとはそういうものか。
2時間半ぐらい居て、プリンくんがデラ嬢のところにいたのはほんの15分とかそれくらいだったように思う。
《男メニュー》と呼ばれるアルバムを渡されて見せられたが、そこにはホストくんの写真が並んでいるだけで、わたしには全く興味がなかった。
「この中で呼んでほしい人いませんか?」と質問されても
「とくにいません」と答えるしか思いつかなかった。
「ミルフィーユ呼んで、ミルフィーユ」
デラ嬢はナンバー2だというミルフィーユくんを呼んでもらうように言った。
「ミルフィーユは■大生なんですよ。めちゃめちゃカッコいいですから。すいかさんミルフィーユ指名しましょうよ」
しばらくしてやってきたミルフィーユくんというホストくんは、ほかの子よりは整った顔をしていたように思ったし、大学生だけあってほかのホストくんよりも日本語が通じるような気がした。
わたしは酔っ払っていたせいか、飲んだときにしたくないと思っていた自分の仕事の話をした。
少ししてミルフィーユくんはどこかに行ってしまったが、わたしはそういうものなんだろうと思い、別の子と話をした。
「ミルフィーユ指名してくださいよ。すいかさんがミルフィーユ指名したら、あたしたちのテーブル、ナンバー1、2が揃うんですよ。すごくないですか?」
とデラ嬢が言うので、わたしは指名することがあってもミルフィーユくんだけはやめておこうと思った。
自分でお金を払うのに、そこまでデラ嬢の思い通りにするのは間違っている気がしたのだ。
ただ、同じ席にナンバー1、2が揃うというのはすごいことなんだぁ。と素直に思った。
しばらくいろいろな子と話していたが、わたしはどの子にも興味がなかった。
スーツを着た茶髪の子たちは、全く見分けがつかなかった。
デラ嬢はプリンくんのいない間はめちゃめちゃ不機嫌そうに煙草を吸っていた。
そして、プリンくんが戻ってくると、わたしが見たことのないような笑顔をした。
わたしはホストくんを見ているより、デラ嬢を見ている方がおもしろかった。
しばらくして帰ることになり、わたしは誰かを選ぶように言われたので、最後に隣に座っていた子にした。
会計はわたしが5千円で、デラ嬢のは見えなかった。伝票が別なことも初めてで、不思議な気がした。
いくらなんだろうと思い、デラ嬢に伝票を見せてもらった。デラ嬢の会計は3万と少しだった。
「じゃぁ。わたし、これだけ払う」
わたしは二人分の半分の少し多めを払おうと思って、2万円渡した。
デラ嬢は黙って受け取った。
わたしはお昼頃出社した。
会社で後輩たちに、初ホストはどんなのだったか喋ろうと思ったが、大して覚えていなかった。
みんな同じ顔に見えた。が、一番の感想だった。
いろんな子と話したように思ったが、わたしの手元には2枚の名刺があるだけだった。
わたしはホストくんが名刺をくれようとしたときに、律儀にも立ち上がって受け取り、自分の名刺を渡した。
よく考えるとヘンな話なのだが、デラ嬢は全然、そういうことを教えてくれなかった。
夜になって、番号を交換したホストくんからメールがあった。
「昨日はごちそうさま」みたいな、あたりさわりのない内容だった。
わたしは、全く顔が思い出せなかったので
「誰?」と返事をしたら、すぐに写メが送られてきた。
浴衣を着たホストくんがふたり、2ショットで写っているものだった。わたしは
「どっち?」とメールを返すのは、さすがに失礼な気がした。
夜中にまたデラ嬢と会って、写メを見せた。
「あ、プリンとハンバーグのツーショットじゃん」と、デラ嬢は言った。
わたしが、どっちがプリンくんか訊くと、デラ嬢は呆れていた。
記憶はなかったがその写真だけで判断すると、わたしはプリンくんよりはハンバーグくんの方が好みのように思えた。