ハードカバー版の刊行は1996年。以前から評価が高く、児童文学といえばこれ!と名前が挙がるのを頻繁に見ていました。しかしそれにとどまらず、現在でもアニメ化やドラマ化などを経て新しいファンを獲得し続けている、広く長く愛される名作です。
初読がいつかは覚えていませんが、おそらく小学生だったので、まさに本来の対象年齢真っ只中の頃。一日一冊以上のペースで本を読みまくっていた当時の私の、最高クラスのお気に入りでした。
今手元にあるのは大人になってから買った文庫版ですが、図書館で繰り返し何度も借りたハードカバー版の、カンバル人のがっしりした骨格を持つバルサのイラストは、私の中のバルサのイメージとして今もはっきり焼き付いています。
全てに背景がある凄さ
この小説の物語世界は、どこをとっても何かしらの背景に支えられ、説得力にあふれています。
例えば、ナユグが単なる幻想的な世界ではなく、ナユグなりの秩序と生態系を持った世界であること。(続刊の中で、カンバルではノユーク、サンガルではナユーグルと呼ばれており、普遍的な概念であることが明かされていきます)
神話や伝説が単体で存在するのではなく、歴史や地形や人々の生活と現在進行形で絡み合い、変化し続けるリアリティ。ヤクーの生活の中に信仰が根付いている自然な描写。
武術と人体のしくみに裏打ちされた戦闘シーン。
上橋先生の小説を評価する際の定型文となりつつある「食べ物が美味しそう」というのも、たぶんこれなんですよね。「食事」という日常が丁寧に描かれることによって、背景である世界がぐっとリアリティを増す、という。
それから、「文化の違い」がごく当たり前に存在していること。
チャグムが「おぶさる」ことを知らなかったり、トーヤの早口に驚いたり。「文化の違い」という漠然とした概念が、そういう具体的な諸々の積み重ねだと……子供だった私がそのイメージを初めて理解したのは、おそらくこの小説によってだったろうと思います。
そして、そんな風に違いがあることをはっきりと描写しながら、それがバルサにとっては壁ではない、というのがまた良いんですよね。バルサは、ああ違うんだなと認識して、真正面からそれを教えて、当たり前にチャグムに寄り添い続けます。
そしてそれは、チャグムに宿った精霊の卵が動き始めても同じ。理解できないものが彼の中にあるのに、バルサはそれに阻まれることなく、あくまでチャグムという一人の人間を見ています。
世界がすごく緻密で説得力を持っているのに、それはあくまで背景で、そこに描かれる人間こそが中心である……そんなスタンスは、上橋先生の最新作「鹿の王」にも同じように見受けられます。
生きていくことの泥臭さ
この小説の中で、私が大好きな台詞が2つあります。
ひとつは、チャグムがバルサの過去を聞き「おれは、何人目?」と尋ねるシーン。バルサはチャグムを抱きしめて「いまは、ただ、生きてるだけさ」と答えます。
もうひとつは、物語の最後。ニュンガ・ロ・イムの卵を無事に送り出した後、食料として置かれた山鳥を見るチャグムに、タンダが言う台詞。
「食う、食われる。逃れる、とらえられる」
「当事者にとっては、この世でもっとも大切なことなのに、なんとまあ、あっけなく、ありふれたことか……。な」
二つとも、ある種、現実の残酷さを突きつける台詞です。それこそ神話のように、物語をきれいごとに収めようとするなら、語る必要がないことかもしれません。
しかし、それを淡々と語ることで、そんな世界で負けずに生きていく人々の強さ、美しさが際立つような気がして、私にとっては、これがあってこそ守り人!という台詞です。
キャラクターたち
バルサはとにかくかっこいいですよね!
読み返していて気づいたことなのですが、序盤から、何が起こっているかわからない不安が際立つ展開で、しかも読者にとっては見知らぬ異世界のお話で、それでも安心して物語に入っていけるのは、バルサの肝の座り具合あってこそなのかなぁと思いました。
壮絶な過去があり、力があり、温かい母性があり、そのくせ、タンダとのじれったすぎる関係性という萌えポイントも抱えていて、児童文学の主人公として異色なのは確かですが、本当に魅力的なキャラクターです。
あとトロガイも好きです。バルサをさらに強烈にしたような食えないばーさんっぷりも大好きですし、夢の守り人であんな過去を見せられるともうね!好きにならざるを得ないですよね!
そうそう、トロガイがヨナ・ロ・ガイと語り合うシーンも好きです。人間とは全く違うモノと、違うのに対等な存在として通じ合えること。普通の人には見えない大きな流れに触れているのに、あくまで人間としての立場を持っていること。その狭間のバランス感覚がかっこよくて!
チャグムとタンダは、続刊で見せ場が増えていくのでそちらで。タンダの恋(というにはちょっと落ち着いてしまっていますが)はいつも全力で応援しながら読んでいます。天と地の守り人での「つれあい」宣言にはテンション上がりましたねぇ。全然それどころじゃないシーンでしたけど!
ひとりの流れ者を主人公に、異世界と為政者と神話を巻き込んで繰り広げられた冒険譚。これだけでも十分に壮大ですが、これはこの世界の物語の、まだまだ入り口にすぎません。子供の頃に読んだワクワクを思い出しながら、またじっくり、彼らの旅と人生を追おうと思います。