『ハァ……ハァ……』
『…大丈夫だ、ゆっくり息をしろ』


小刻みに震える尻尾を優しく撫でるその手に
俺は酷く甘えてしまった。


***



俺はダイキ。


誰がそう呼んだのか
俺には人間につけられた立派な『名前』がある。


俺は今でこそ人間の姿だが
夜になると、狼の姿に変化する。

恐ろしい狼の姿に。



俺の一族は代々
狼のもののけの血を引いていた。

狼として育てられ、
狼の本能のまま生きてきた。


そんな俺に近づく者は当然おらず、
気付けば独り。
でももう慣れている。なんてことはない。



「…人間はこれを、一匹狼と言うらしい。」



間違ってはいない。



だがそんな俺を昔救ってくれた人間がいた。


顔も知らない。
名前も知らない。


俺は子供のころ身体が弱かった為
よく発作を起こしていた。


そんな俺に手を差し伸べてくれた…
そんな人間が。


子供ながらに涙が出た。

こんな醜い姿の俺を助けてくれた。



『…泣くな。お前は綺麗だ。』


今も声だけはきこえる。


『俺が側にいる。』


酷く甘えてしまった事が思い出される。


あの人間に逢いたい。

一体誰なのだろうか。



『俺の名前は、………』



どうしても思い出せずに
また俯いた。



外は憎らしいほど綺麗な満月だった。

満月は嫌いだ。

本当の自分の姿を知らされるから。

自分が
醜い狼だということを。


満月になると人間の形状は保てない。
朝までの我慢だ。

俺は草むらに体を埋めた。
こんな場所には人間なんて来ない。安心していた。



ガサ



「……!」



ガザ、ガサ



誰かいる。
人間だろうか。



鋭い眼光で動く先をみてみると、
そこにいたのは


「……ウサギ?」


なんだ、ウサギか、と呟くとウサギはこちらに近づいていた。

小柄の茶色いウサギだ。

「………」
「おいお前、俺は狼だぞ」

「………」
「ウサギも喰うんだぞ」

「………」
「早くあっちへ行け」


プイと外方を向くと、
さらにウサギは顔を近付け鼻先まで近付けてきた。

「……なんだお前、喰われたいのか?」
「知ってる」
「あ?」

急に口を開いたので呆気にとられてしまった。

「知ってるぞ」
「…はあ?何をだよ」

ウサギはニンマリと笑った。
まるで獲物を見つけたように。


「ダイキ」


その名前を呼ばれた瞬間
俺は身体中の毛が震えた。

「お前……なんでその名前を……!」


この名前は
俺と、あの人間しか知らない。

一体このウサギは……


「ダイキ」
「何者だ、お前!!」

「知ってるぞ、ダイキ」
「なに、を…」

その瞬間、
辺りが明るくなった。

夜が終わって朝になったのだ。

「ダイキ」

もう一度見た先に
あのウサギの姿はなかった。

そこにいたのは、


「俺を忘れたのか?ダイキ」


あの日俺を救った人間だった。