【エンコ便乗外伝】サマータイムメモリー/華蓮が短髪になった理由/残酷な現実/子育て応援西◯屋!! | あるひのきりはらさん。

【エンコ便乗外伝】サマータイムメモリー/華蓮が短髪になった理由/残酷な現実/子育て応援西◯屋!!

 ありがたいことにTwitter上でイラストを沢山描いてもらったので……ちょっと便乗しました。

 短編が4本続きますので、お時間のあるときにご覧くださいませ。

 

 

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サマータイムメモリー


 夏は、嫌いだ。

 暑くて汗をかくし、幼稚園が休みになるから。
 別に幼稚園が好きなわけじゃない。自宅にいるよりもマシだというだけのこと。
 家に居場所のない名波蓮は、夏休みが憂鬱だった。昼間は家にいることが多かった母親と顔を合わせないように、夜には帰宅した父親の顔色を伺いながら、常に気を張って過ごしてきた。

 こんな僕が生きてるだけで、何の価値があるだろう。

 電気をつけることも躊躇うような性格の彼は、蒸し暑い部屋で1人、タオルケットを握りしめて……ただひたすら、時間の経過に身を任せることしか出来なかった。

 けれど、名波華と出会って……夏休みが、変わった。

「れーんっ!! これ、一緒に食べようか」
 夏休みのとある昼下がり、2人で近くの公園へ自由研究に出かけた帰り道……住宅街にある駄菓子屋の前で立ち止まった華が、「ちょっと待っててね」と1人で中に入っていったのだ。
 数分後、軒下の日陰で待っていた蓮のもとへ戻ってきた華は、半分に割ってシェアすることが出来る、ソーダ味のアイスキャンディーを手に持っていて。
 華はその場でそれを開封すると、目を輝かせてそれを見つめる蓮の眼の前で、中央にある切れ目からポキリと半分に割る。
 その半分を蓮に手渡し、自分は残りの半分を持ち直した後、ゴミを店頭のゴミ箱に捨てた。
 蓮は華に手渡されたアイスキャンディーをしげしげと見つめながら……戸惑いを隠しきれない。
 アイスを外で買ってもらったこともなければ、こうやって誰かと分け合うこともなかったのだから。
 2つあるものは。両親で終わり。3人目の自分まで回ってきたことなど、なかった。
 そんな蓮の反応を見た華が、どこか申し訳なさそうに問いかける。
「蓮……もしかして、1人で2つ食べたかった?」
「ち、違うよ姉さん!!」
 慌てて首を横にふる蓮は、帽子のツバ越しに華を見上げて、オズオズと問いかける。
「これ……僕が食べていいの?」
 その問いかけに、華は目を丸くして首肯した。
「ええ、いいわよ。当たり前じゃない」
「ね、姉さんこそ……1人で全部食べたいんじゃないの……?」
 ここでようやく、蓮が遠慮している理由を何となく察した華は……浅く息をついた後、腰をかがめて蓮と視線を合わせる。
 そして、彼の眼前に自分のアイスキャンディーを見せて、笑顔を向けた。
「これは、蓮と一緒に食べたくて買ってきたの。だから……私と一緒に、食べてくれる?」
 自分に向けられる彼女の笑顔に一切の嘘がないことを、蓮は良く知っている。
 だからいつも、つられて同じ顔になってしまうのだ。
「……うんっ!! ありがとう、姉さん!!」

 強い日差しが照りつける、夏の午後。
 2人は仲良く並び立ち、冷たいアイスキャンディーを堪能するのだった。




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どうして華蓮さんは夏場に髪の短いウィッグをつけることになったのか



 7月中旬、宮城も梅雨明けをして、本格的な夏に向けて気温が上がり始める頃。
 放課後バイトに勤しむ片倉華蓮の横顔を、佐藤政宗は自席から静かに見つめていた。
 今日の彼女は赤いフレームの眼鏡をかけており、髪の毛を三つ編みにして、右側に流している。黒いリボンのチョーカーがアクセントになっている白いブラウスの上からクリーム色のカーディガンを羽織り、黒いパンツスタイルで下半身をスッキリ見せるような、そんな出で立ちだった。
 いつもどおり冷静に書類をさばき続けているのだが……時折、少しだけ表情が険しくなっている気もする。最もそれは、書類の作成者がろくでもないことを書いている場合がほとんどなのだけど……。
「……だよな」
 政宗は何かを決意したようにひとり静かに頷くと、カタカタとキーボードを叩いて、メールを作成した。

 その日の夜、名波蓮に戻った彼が伊達聖人に定時報告を済ませた後……聖人が普段以上に自分を見つめていることに気付いてしまった蓮は、心情的には100メートルほど後ずさりしながら(実際は数センチ)、眼鏡の奥に侮蔑をログインさせて彼を見据える。
「……さっきから何ですか、言いたいことがあるんですか?」
「おや蓮君、よく分かったね。以心伝心ってやつかな」
「そんなことあるわけないじゃないですか。言いたいことがあるならさっさと言ってください。課題があるんです」
 淡々と言葉を紡ぐ蓮に対して、聖人は一切態度を崩さずに、彼をガン見していた理由を告げる。
「実は今日、政宗君から、華蓮ちゃんに対するこんな提案があったんだ。『夏の間は蒸し暑いから、長髪のウィッグを外してもいいんじゃないか』ってね」
「え……?」
 意外な展開に、蓮は軽く目を見開く。
 そういえば今日、政宗からもすこし見られていたような気がしていたが、査定の一環かと思って特に気にしていなかったのだ。
 まさか、自分のことを考えてくれていたとは。
 確かに最近、ウィッグをしている最中に頭皮が蒸れて、頭がムズムズと痒くなることがあったのだ。今のところ何とか耐えられるけれど、これから夏が本格的になってきたら、どうなるか分からない。
 蓮の髪の毛は、女性としては短いかもしれないけれど、髪の分け方やスタイリングによっては、ショートカットの女性に見せることも十分可能だろう。それはつまり『君はウィッグなしでも女性に見えるんだよ』と証明しているようなものだが、その事実からはあえて目をそらすことにした。
 政宗からの意外な申し出に、蓮が少しだけ、例えるならばミジンコくらい彼を見直していると……聖人が人差し指を立てて、先程の話の続きを始める。
「だから自分は、『ショートヘアカットのウィッグなら問題ないんじゃないかな』って、返信したんだ」
「ちょっと待ってください伊達先生、それ、頭皮の蒸れの解決になっていませんよね」
 思わず真顔で突っ込んだ蓮に対して、聖人は「おやまぁ」と言いたげな表情で、こんなことを尋ねる。
「だって蓮君、ウィッグをつけないってことは……『君はウィッグなしでも女性に見えるんだよ』と証明しているようなものだよ。蓮君が本当にそれでいいなら、自分もこれ以上、無理に引き止めはしないけど……本当にいいの?」
「……」
 改めてそう言われると……なんだか、この最後の一線は超えないほうがいいような気がしてしまう。
 言いよどむ蓮の背中を押すために、聖人はどこからともなくショートヘアカットのウィッグを取り出すと、彼に向けて差し出した。
「とりあえず、これでもどうぞ。通気性がいいものを選んでおいたよ」
「ちょっと待ってください伊達先生、用意周到過ぎませんか?」

 かくして、夏休みの片倉華蓮は……ショートヘアカットのウィッグでアルバイトに勤しむことになったのだった。


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残酷な現実



 7月上旬、とある休日の午前中。
 午前中に学校でテスト勉強をしていた名波蓮は、コンビニで昼食を買って自室に帰ってくるやいなや、伊達聖人に拉致されて車の後部座席に詰め込まれた。
「だ、伊達先生!? 一体何ですか!?」
「蓮君、後部座席もシートベルトをちゃんとつけてね。あ、おかえりなさい」
「順序がメチャクチャです。一体何のつもりですか?」
 既に車は国道を北上し始めたため、さすがにここから飛び降りることも出来ず。
 体勢を立て直してシートベルトを締めた蓮をミラー越しに確認した聖人は、車間距離をとりながら断片的に用件を告げる。
「蓮君に渡したいものがあるっていう人がいてね、連れてくるように頼まれたんだよ」
「渡したいもの……?」
「そう。あ、ご飯はここで食べていいけど、こぼさないように気をつけてね」
「だったら安全運転でお願いします……」
 とりあえず全てを諦めた蓮は、コンビニの袋からペットボトルのお茶を取り出すと……表面に汗をかき始めたボトルを握りしめ、中身を喉に流し込むのだった。

 蓮の部屋がある利府から、車で約1時間程度。
 2人は宮城県石巻市の住宅街の一角、とある家の前にやってきた。
 表札に『名倉』と記載された、瓦屋根の2階建て一軒家。さすがの蓮も、ここが誰の家なのかピンとくる。
「伊達先生、ここって……」
「そう、里穂ちゃんと仁義君の家だよ。蓮君は初めてだったかな?」
「当たり前じゃないですか……名倉さんが、僕に何か?」
「入れば分かるよ。じゃあ行こうか」
 1台分あいていたガレージに車を駐車した聖人は、車のエンジンを切って、さっさと車外へ出ていってしまう。
 蓮も慌ててシートベルトを外しながら……一切思い当たらない里穂からの用事に、首をかしげることしか出来なかった。

「名波君、伊達先生、いらっしゃいませっす!!」
 呼び鈴を押して待っていると、パタパタと走ってきた里穂が玄関の引き戸を引いて、いつもどおりのテンションで声を掛ける。私服姿の彼女は、チェックの襟付きシャツの上からブラウンのサマーニットを羽織り、足元は黒のミニスカートに同系色のレギンスという組み合わせ。あまり見たことがない姿に、蓮は思わずどこを見ていいか分からなくなって……視線をそらした。
「名波君、どうかしたっすか?」
「あ、いえ、その……一体僕に何の用かと思って……」
「あれ、伊達先生、名波君に伝えてないっすか?」
 刹那、蓮が聖人をジト目で睨んだ。そんな彼の視線など意に介する事はなく、聖人はいけしゃあしゃあと返答する。
「百聞は一見にしかずって言うからね。里穂ちゃん、用意は出来てるかな?」
「なんだかよく分からないけど分かったっす!! 用意なら出来てるっすよ。さぁ、どうぞどうぞ」
 そう言って踵を返す里穂に続き、蓮と聖人は家の中へ上がり込む。
 ちなみに里穂の両親は、県北の病院に、里穂の祖母のお見舞いへ行っているそうだ。
 里穂に案内されるがままに廊下を進む蓮は、通された和室に広がっていた『それ』に気付いて、軽く目を見開く。
「これは……浴衣、ですか?」
 畳の上に広げられていたのは、落ち着いた藍色の浴衣だった。花のような模様がうっすらと浮かび上がっており、上品な印象さえ感じる。
 確かに間もなく夏祭りのシーズンではあるけれど……でも、一体、どうして?
「――あ、名波君、こんにちは」
「柳井君……こんにちは」
 戸惑う蓮の後ろからやってきた柳井仁義が、いつも通りの柔らかい笑顔で蓮に声をかけて、浴衣の前に座り込んでいる里穂の隣に腰を下ろした。白いTシャツに濃紺のジーンズが良く似合う彼は、蓮よりも10センチ近く身長が高い。仁義が言うには「高校生になってから急に伸びた」そうだが、高校生になって伸び悩んでいる蓮には、羨ましい悩みだ。
 それはさておき。
 仁義は蓮を笑顔で見上げると、その視線を、彼の隣に立つ聖人に向けた。そして手に浴衣を持って、こんなことを言う。
「じゃあ伊達先生、名波君に着付けをお願い出来ますか?」

 かくして。
 蓮はあっという間にTシャツとチノパンの上から、浴衣を着付けられてしまったのである。

「あの、スイマセン……これは一体、どういうことですか?」
 10分後、藍色の浴衣に黄色の帯で着付けが完了した蓮が、3人の誰かに説明を求める。
 そんな彼の様子を見た仁義が、聖人へこんなことを問いかけた。
「伊達先生……もしかして、名波君に何も話していないんですか?」
「そうだね、何事も経験だと思って」
 刹那、仁義が蓮に憐れみの視線を向ける。しかし現状への戸惑いが強い蓮は、とにかく誰かにどうして自分が浴衣を着せられたのか、その理由を説明してほしかった。ちなみにどうして聖人が浴衣の着付けを出来るのかという疑問は、聞いてもろくな答えが帰ってこないと思って最初から諦めている。
 そんな蓮と視線があった仁義が、苦笑いのまま口を開いた。
「じつはその浴衣、前に僕が着ていたものなんだけど……身長が合わなくなって、着られなくなったんだ」
「え……?」
「処分しようかと思ったんだけど、病院で何か役に立てることがないかと思って伊達先生に聞いてみたんだ。そしたら、名波君だったら丁度いいんじゃないかって話になって……もしも嫌じゃなかったら、一度着てみてもらおうって話になっていたんだけど……何も聞いてなかったんだよね、ゴメンねいきなり」
「い、いえ、悪いのは完全に伊達先生1人ですから……」
 肩をすくめる仁義を慌ててフォローする蓮は、改めて、自分が袖を通している浴衣を見下ろした。
 浴衣なんて……着る機会はないと思っていた。浴衣を着てお祭りに行く人の姿を、何となく視界の端に捉えると……自分とは関係のない人種だと思って、背を向けていたのに。
 自分の姿をしげしげと見下ろす蓮に、里穂が満面の笑みでこんなことを言う。
「今年の夏は、ココちゃんも誘って皆でお祭りに行くっす!! 名波君、スケジュールをあけておいてくださいっすよ!!」
 蓮の参加を規定事項として断言した里穂に、当の本人はどこか萎縮した表情で問いかけた。
「やっぱり……僕も行くんですか?」
「当たり前じゃないっすか。浴衣でお祭りは鉄板っすよ!!」
「はぁ……」
 正直、まだ戸惑いしかないけれど……浴衣を着ているせいもあるのか、少しだけ心が動いたような、そんな気がした。

 そんな蓮の姿を見た聖人が、とても満足そうな表情でこんなことを言う。

「いやぁ、でも……やっぱり、中学生の頃の仁義君と、今の蓮君は、体型が同じくらいなんだね。自分の見立ては間違ってなかったよ。あ、華蓮ちゃんにも浴衣が必要な時は、自分が買って用意しておくからね」

 刹那、里穂と仁義がとても焦った表情で聖人を見つめた。そして、2人して恐る恐る蓮に視線を向けると……サイズピッタリの浴衣を着ている蓮は、とても、とっても複雑な表情で、引きつった笑みを浮かべていたのだった。




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子育て応援西◯屋!!


「……これ、忘れてたな」
 とある平日の午後、スーツ姿で自席に座っていた佐藤政宗は……引き出しから出てきた商品券を見つめ、頬杖をついた。
 出てきたのは、某大手子ども向け用品のチェーン店で使える商品券・7000円分。これは昨年末に得意先の忘年会に顔を出した際、ビンゴ大会で当たったものだった。
「佐藤さん、子どももいないのにどうするんですかー? さっさと彼女見つけろってことで、今後合コンセッティングしてくださいよー」
 酔った知人から絡まれた政宗が、何となく苦笑いを浮かべて数ヶ月……気付けば有効期限が迫っている。棚ぼたでうっかり手に入れたものなので、期限が切れたところで痛くも痒くもないのだが……。
「……なぁ、ケッカ。これ、使うか?」
 政宗の位置から斜め前にある自席に座っていたユカに商品券をかざすと、それを認識したユカが顔をしかめる。
「政宗……それ、どげんしたと?」
「年末の忘年会でもらってたんだよ。使うんだったら、やるぞ?」
 政宗の申し出に、ユカは一瞬目を輝かせた後……「でも」と、再び顔をしかめる。
「その店にあたしが着れるサイズの服ってあると? あたし、幼児じゃないっちゃけど」
「どうだろうな……確か、大型店には小学生用のサイズがあるって聞いたことあるけど……」
「……近所にその店って、あったっけ?」
「いや……多分、泉とか長町とか……」
 脳内で地図を思い描いた政宗が顔をしかめると、ユカが自然と、こんなことを尋ねる。
「政宗、連れてってくれると?」
「ああ、別にいいけど……って……!?」

 かくして。その日の仕事終わり、ユカは、政宗が運転する車に乗って、郊外にある大型の店舗へと向かったのだった。

 時間は19時を過ぎたところ。店内には2人を含めて3~4人しか客がおらず、店の閉店が20時のため、店員は何となく後片付けを始めていた。

 当然ながら、政宗もユカもこの店には入ったことがない。主にベビー用品を取り扱っている店舗でもあるので、そんな場所に2人で入ることを周囲はどう思うのかと若干気にしていた政宗だったが、ユカが躊躇いなく足を進めるので、追いかけるようになし崩し的に入店することになってしまった。
 そんな店内の一角、160センチまでのジュニアサイズが並ぶコーナーにやってきたユカと政宗は、高く陳列された商品を二人して見上げて……目を丸くする。
「はー……こげん種類があるとねぇ……あと、陳列が高すぎん?」
 政宗の身長をもゆうに超える高さにぶさ下がった洋服にユカが顔をしかめると、政宗が服の脇に立てかけてあった棒を取る。先にU字フックがついており、これにハンガーを引っ掛けて取るようになっているのだ。
「取る時はこの棒を使えってことみたいだぞ。ケッカ、どれにする?」
「んー……どうしよう。でも、すっかり夏服ばっかりやねぇ……」
 ユカはとりあえず手近にあったノースリーブのシンプルなタンクトップを取った。
「ケッカ……袖がなくていいのか?」
「え? 別によかやんね。シンプルなのが一番合わせやすいし……って、安っ!! えっ?! 399円!? 安いよ政宗!!」
「静かにしろよ恥ずかしい……」
 政宗のジト目など意に介さず、ユカはそのタンクトップを彼にもたせたカゴの中に入れる。そして次に縦ストライプの入ったホットパンツも手に取ると、「999円、安い……」と呟きながらカゴに放り込んだ。
「ケッカ……もうちょっと丈が長くなくていいのか? クーラーで足が冷えるぞ?」
 心がここにない苦言に対して、ユカは特に政宗の方を見ることもなく、別の服を物色しながら返答する。
「レギンスとあわせるけん大丈夫ー。あ、このシャツ777円……買っとこうっと」
 ユカはサイズだけを見て、襟付きのシャツもカゴに放り込んだ。そして別のショートパンツ(899円)も、ほいほいっとカゴに放り投げてから、チュニックやワンピースのエリアへとスライド移動していく。
 政宗はユカが躊躇いなく服を放り投げていく様子にため息をつきながら……手元のカゴを見下ろし、彼女が選んだ服をチラ見する。
 夏物とはいえ、先程から布面積の少ない服ばかりを選んでいる気がするのだ。価格以外にデザインとかもうちょっと気にすればいいのにと思ってまう。
 彼女はいすれ、この服に帽子を被った状態で、『仙台支局』に出勤してくるだろう。夏用の帽子に関しては、ユカ自身が福岡から持ってきたものもあるし、聖人も何やら新作を用意しているとかいないとか。要するに、今被っているキャスケット以外を着用してくることがあるかもしれない。

 



「……フッ……」
 口の端から笑みを漏らした政宗が、脳内で粛々とユカの立ち姿を妄想していると、ワンピース売り場から戻ってきたユカが、呆けている彼を見上げて顔をしかめた。
「政宗……なんか顔が気色悪かよ?」
 バッサリ切り捨てられた政宗は、我に返って反論する。
「な、何だよ、これが普通だ!!」
「それはそれで嫌なんやけど……ちょっとこっち来てくれん?」
「……?」
 自分を誘導するユカに疑問符を浮かべながら、政宗は彼女の後に続いて……ワンピースやチュニックが並ぶエリアに連れてこられた。
「ケッカ、どうかしたのか?」
「その……服なんやけど……」
「ああ。もう終わりか?」
 カゴの中身は先程の4着から特に増えていない。これでは商品券が余ってしまうが、まぁ本人が不要ならばしょうがないだろう。
 レジに行っていいのかと言外で尋ねる政宗に、ユカは視線をチラチラと向けながら、口の中でモゴモゴしている言葉を吐き出した。
「いや、その……折角やけん単価が高いものも選ぼうかと思ったっちゃけど……あたし、どうにもこういうのが苦手で……政宗、何か適当に選んでくれん?」

「……は? 俺が?」

 間の抜けた声と表情で問いかけると、ユカもまた、「頼んだぜ」と言わんばかりの真顔で首肯した。

「コレは……いや、でもさっきのシャツとの色使いを考える、コレか……?」
「ねー政宗ー、まだー?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!! な、なぁケッカ、こっちとこっちはどっちがいいと思う?」
「はぁ? どっちでもよかよ」
「あぁぁぁ……」

 と、いうやり取りを繰り返し……最終的にはユカに睨まれながら、彼が閉店ギリギリまで迷い続けた結果、選ばれたのが5着。
 白いレース素材のチュニックと、胸元の切り返しに色違いの布が使われており、袖のところがふんわりと丸みを帯びた女性らしいデザインの、黄色と白のインナーを各1枚ずつ、そして、細い紐で肩からぶら下げるタイプのズボンと、赤と黄色のチェックが女の子らしいプリーツスカートというチョイスに落ち着いた。
「……こげなデザイン、着ることあるやか……」
 ユカはカゴの中身をみて首をかしげつつ……「まぁいいや、自分のお金じゃないし」という結論に至る。
「じゃあ政宗、会計頼んでよか?」
「あ、ああ……ちょっと待っててくれ」
 政宗はカゴの中身を何度となく確認しながら、財布から商品券を取り出してレジへ向かう。
 そして、レジ締めをしたくてたまらなそうな店員が「商品券かよ……処理がちょっと面倒なんだけど」という視線を向けながら中身を袋へ入れて政宗へ手渡し、晴れてこの服たちはお買い上げとなったのであった。

 2人が20時ギリギリに店を出ると……当然ながら世界は闇に包まれており、次の瞬間、背後の店舗照明が一段階暗くなった。
 自動ドアの周囲にある商品を片付け始める音を聞きながら、ユカは星空を見上げてため息をつく。
「あたし達、割と居座っとったんやね……主に政宗のせいで」
「わ、悪かったな!! まさか俺が選ぶことになるなんて思ってなかったんだよ!!」
「ハイハイ、今度から1人で選ぶけんねー……」
 ユカがそう言って政宗から荷物を受け取ると……少し思案して。
「政宗、ちょっとトイレ行ってくる」
「へ? あ、あぁ……ここで待ってるからな」
 店舗の外に設置されたトイレへ向かうユカの背中を見送りながら、トイレに行くなら荷物持っていかなくてもいいじゃないかと思いつつ、スマートフォンで時間を確認する。
「……何か食べに行くか……」
 時間的に口実的にも最高の状態だった。後は政宗が普段どおり言い出せるかどうか。
 まぁユカも若干期待してるだろうなと思いつつ、スマートフォンの地図アプリで飲食店を探していると……足音が近づいてくる。

「政宗、お待たせー」
「あぁケッカ、この後だけど――」

 何となく振り向いた政宗は、ユカが先程自分が選んだ服――丸みのある袖が可愛らしいシャツと、肩から細い紐でつるしているズボン――に着替えていることに気が付き、持っていたスマートフォンを地面に落としそうになった。
 被っている茶色の帽子と、元々着用していた白のニーソックスとハイカットのスニーカーとも相まって、とてもバランスが取れている……ように見える。
 ユカは硬直している政宗を恐る恐る見上げながら……どこか照れくさそうに頬をかいた。
「服をこげん買ってもらうなんて初めてやけんが……ちょっと舞い上がっちゃった」
「そ、そう……か……」
 間違いなく心がフライハイしているのは政宗の方なのだが、周囲の照明が落とされていることもあり、果たしてユカにどこまで伝わっているのか。
 言葉を探す政宗に、ユカは一度、息をついてから……彼の隣に並び立った。そしてその右腕を掴むと、困惑する彼を至近距離から見上げて……ニヤリと、口角をあげた。
「折角やけん……もうちょっと遊ぼうよ。政宗、どこに連れて行ってくれると?」

 

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 女性陣の服装がやたら具体的なのか、下記の呟きが主な理由です。

 霧原が『ミラクルアニキ』と読み違えるでお馴染みのアプリですね。(ヲイ)

 

 そして、西◯屋外伝は、Twitterのフォロワーさんの桜もちねこさんからのリクエストを膨らませました。遅くなってスイマセン……あぁ楽しかった!! 第1幕からずっと行かせたかったんです、また行かせたいな!!(笑)

 ひのちゃんおがちゃんイラストありがとうございました!! 第4幕・第5幕は夏の話です、頑張って夏が来る前に書き上げて、政宗並のドヤ顔で6月を迎えたいと思います!!(無理じゃないかな)