ホントのホントに最終回~(EP49から続きで見てなければ1、2週間位、ビデオに録ったまま見ない可能性が……心臓バックバク/汗)
エウレカとアネモネの首輪にデューイによって仕組まれていた自壊プログラムが、デューイの死によって発動し、アネモネは策から免れたものの、コーラリアンであるエウレカはデューイの思惑通りの行動に走ってしまう。
ず~っとデューイの不遜な態度の意味を考えていたけれど、隠しダマを持っていたからだったのですね。
当然といえば当然だけど、自分が死んだ後で発動する仕組みなだけに、その後の成り行きは「自分が想定した様に動く」と信じていなければ、自分の命を引き金にしたりはしないんでしょうけど、ある意味『逃げたな』とも思える行動ですよ。
本当に自分の想定通りに事が運ぶと信じていたら、スカブコーラルが殲滅された世界を実際に目にしたいと思うのが普通じゃないのかなぁ……。(と、自分は考える)
心のどこかで想定通りに事が運ばなかった時の敗北感から逃げる為に、デューイは自分の命を引き換えにした様にも思えます。
ただまぁ、物語の中でポツポツと登場していた民族紛争で虐げられていた子ども達をアゲハ隊にしていたなんてエピソードだけ聞くと、どこかに人間らしい良心が残っていたのかな?と思えるし、逆に残酷なことをしていたのかな…とも思える。
ワルサワという土地が激しい民族紛争の果てに、現在は荒廃してしまった事はノバク財団が登場する回でも語られてはいましたが、なぜそこにノバク財団があり、アネモネやアゲハ隊の子ども達がピックアップされるのか、全編を通して語られてはいないですよね?
現実に起きている戦争や紛争の多くから、その理由や背景を想像するしかなさそうですが、アネモネしかり、アゲハ隊の子ども達しかり、かなり利発な性質をみると、それがワルサワと呼ばれる場所に暮らしていた民族の特性のひとつだったと考えられます。
身体的にも、比較的整った外見を持っていた可能性もあるのかな?
利発で商売や交渉ごとに長けている民族の多くが、戦火の中では虐げられたり目の敵にされる傾向が多々あり、また迫害された民族に身体的に整った要素が加われば、そこに起こる悲劇は容易に想像が出来るものです。(アゲハ少年の言葉からも、それらしき事実があったことが伝わってくる)
デューイ自身、自分が世界(まず父親、貴族達など)に認められず虐げられた人生を送ってきたと強く感じていた事から、同じく虐げられた民族の少年や少女に一種の共感を抱いていた可能性はあるかもしれない。
しかし、現実は手を差し伸べたのではなく、彼等に誤った思想や感情を与えてしまっただけなのかもしれません。
たとえ、本人がそれを「幸せだった」と今は感じていても、自分の欲望を果たす為に人を虐げる行為は、まさしく彼等自身を苦しめていた世の中の愚行を、逆の立場になって繰り返しているだけなのですから。
ただ、幸いにもまだ幼い彼等には、これから良い環境と正しい愛情が注がれることで誤りを正す時間が十分にありますから…幸せな未来が得られることをただ祈るばかりです。
それにしても……半壊状態のニルヴァーシュがアミダドライブの力(?)で甦ってからあとは怒涛というか、突っ込み所満載というか……いいのか、最終回なのにこのノリで!?と思わず繰り返してしまいましたよ…(^^;)
ネオニルヴァーシュ?スーパーニルヴァーシュ?ウルトラニルヴァーシュ?(←要するに生まれ変わったニルヴァーシュ)は、どう考えても完全に一人乗り仕様。
しかも、コントローラーとかステアリングも3D感覚!?(より直感的な操縦性へ変わったらしい)
凄い勢いで空も飛ぶ!(ああ、最終回ならではの思い切った展開)
ま、最大の突っ込み所にはあえて触れません…どうしてこれまで、アルファベットで表示されていたコンパクドライブが突然2bitモードに以降してしまったのかも、追求すべきじゃないですよね、多分。(笑)
エウレカと共に指令クラスターとなる事を望んだレントン。
本当に本当に、最後の最後の回で「一緒に」なることが出来た時、奇跡が起きました。
二人の想いがコンパクドライブに真の「さとり」を開かせ、コンパクドライブが装着されたニルヴァーシュが新しい指令クラスターとなり、クダンの限界を阻止することで地球と宇宙の崩壊が免れたわけですね。
絵面的にはニルヴァーシュが語っている様に見えたけど、自分はあれはスカブコーラルの意思が語りかけてくる声を具現化したもの(声がダイアンっぽかっただけに余計、そう思えたのか?)だったのかな、と自分は思いましたが、「大地の神様は女性が多い」という同居人の意見を聞くと、なるほど!と納得。
融合してひとつになることを望む、とか、相手となる対象を包みこむ、といった特徴は男性より女性の方が強いですし、エウレカやサクヤを生み出した事から考えても女性的である方が適切なのかもしれません。
いや、しかし…ごんジイは男だよな…(男の姿をしていただけ!?)
月光号からレントンが発つ前にモーリスへ手渡していた物が、以前、ニルヴァーシュType 2のリフボードを手にした際、祖父から送りつけられていた請求書と手紙だとはすぐ理解出来たものの、それを手に3人の子ども達だけが、アクセル(祖父)の元へ行くことになろうとは…。
半壊したニルヴァーシュとアミダドライブの力でエウレカの元へ行こうと決めたとき、レントンには「戻って来れないかもしれない」という気持ちがどこかにあったのでしょうか。
もしくは、万が一の時に備えて、ダイアンにも語った様に、エウレカや子ども達をアクセルの元へ絶対に連れてきたい、という決心の表れだったのでしょうか。
アクセルが手にするサーストン家の住民票には、子ども達の他にエウレカの名前もありました。
子ども達は、月に向かって「早くレントンとママが帰ってきますように」とお願いをしていましたが、月明かりに照らされる夜の闇に、小さいながらも煌々と輝く二人の光が意味するものは…?
なぜ、二人はすぐ祖父や子ども達の元へ戻れなかったのか…?
これがひとつの答えなのかどうかはわかりませんが、番組終了後のキャッチ(イラスト)にはアクセルを含めた6人で散歩をするレントン達の姿が描かれていました。
レントンが地球を救った英雄であることを知っている人たちは、地上に残された人達のどの程度に周知されているのだろうか…と考えてしまいます。
その後の姿を描かれていない月光号のメンバー達は、それぞれの人生を歩み始めているでしょう。
ホランドとタルホの間には子どもが生まれ、マシューやヒルダ、ムーン・ドギーとギジェットも地上のどこかで平和に暮らしている。
一度は離婚したDr.ベアとミーシャも、話中で将来の希望がまだまだ持てるエピソードがありました。
旅をしているのか、月を見上げるドミニクとアネモネの姿もありました。
アゲハ隊の子ども達も、あの艦長の元、少しは子どもらしさを取り戻しているかもしれません。
便りがないのは元気な証拠…って思いたい。
しかし、多くの人たちがコーラリアンであるエウレカの存在(まして背中に羽が残ったままですし)や、スカブコーラルの存在を真に受けとらめられる様になるまでには、今しばらくの時間が必要になるのではないでしょうか。
それでも、ゆっくりと確実に事実が世の中へと広がっていき、やがてスカブコーラルやコーラリアンであるエウレカの存在を普通に受け止められる時期もやってくる筈です。
月が地上を明るく照らすように、二人もまた静かに皆の幸せを見守り、時が来るのを待っている。
そして、あの最後のイラストの様に家族が揃って穏やかな日々を過ごせる日も遠くはないと自分は信じて感想に代えたいと思います。
まぁ…ハートにカタカナ名前だけは暫く夢に出そうですけどね(^^;)
エウレカとアネモネの首輪にデューイによって仕組まれていた自壊プログラムが、デューイの死によって発動し、アネモネは策から免れたものの、コーラリアンであるエウレカはデューイの思惑通りの行動に走ってしまう。
ず~っとデューイの不遜な態度の意味を考えていたけれど、隠しダマを持っていたからだったのですね。
当然といえば当然だけど、自分が死んだ後で発動する仕組みなだけに、その後の成り行きは「自分が想定した様に動く」と信じていなければ、自分の命を引き金にしたりはしないんでしょうけど、ある意味『逃げたな』とも思える行動ですよ。
本当に自分の想定通りに事が運ぶと信じていたら、スカブコーラルが殲滅された世界を実際に目にしたいと思うのが普通じゃないのかなぁ……。(と、自分は考える)
心のどこかで想定通りに事が運ばなかった時の敗北感から逃げる為に、デューイは自分の命を引き換えにした様にも思えます。
ただまぁ、物語の中でポツポツと登場していた民族紛争で虐げられていた子ども達をアゲハ隊にしていたなんてエピソードだけ聞くと、どこかに人間らしい良心が残っていたのかな?と思えるし、逆に残酷なことをしていたのかな…とも思える。
ワルサワという土地が激しい民族紛争の果てに、現在は荒廃してしまった事はノバク財団が登場する回でも語られてはいましたが、なぜそこにノバク財団があり、アネモネやアゲハ隊の子ども達がピックアップされるのか、全編を通して語られてはいないですよね?
現実に起きている戦争や紛争の多くから、その理由や背景を想像するしかなさそうですが、アネモネしかり、アゲハ隊の子ども達しかり、かなり利発な性質をみると、それがワルサワと呼ばれる場所に暮らしていた民族の特性のひとつだったと考えられます。
身体的にも、比較的整った外見を持っていた可能性もあるのかな?
利発で商売や交渉ごとに長けている民族の多くが、戦火の中では虐げられたり目の敵にされる傾向が多々あり、また迫害された民族に身体的に整った要素が加われば、そこに起こる悲劇は容易に想像が出来るものです。(アゲハ少年の言葉からも、それらしき事実があったことが伝わってくる)
デューイ自身、自分が世界(まず父親、貴族達など)に認められず虐げられた人生を送ってきたと強く感じていた事から、同じく虐げられた民族の少年や少女に一種の共感を抱いていた可能性はあるかもしれない。
しかし、現実は手を差し伸べたのではなく、彼等に誤った思想や感情を与えてしまっただけなのかもしれません。
たとえ、本人がそれを「幸せだった」と今は感じていても、自分の欲望を果たす為に人を虐げる行為は、まさしく彼等自身を苦しめていた世の中の愚行を、逆の立場になって繰り返しているだけなのですから。
ただ、幸いにもまだ幼い彼等には、これから良い環境と正しい愛情が注がれることで誤りを正す時間が十分にありますから…幸せな未来が得られることをただ祈るばかりです。
それにしても……半壊状態のニルヴァーシュがアミダドライブの力(?)で甦ってからあとは怒涛というか、突っ込み所満載というか……いいのか、最終回なのにこのノリで!?と思わず繰り返してしまいましたよ…(^^;)
ネオニルヴァーシュ?スーパーニルヴァーシュ?ウルトラニルヴァーシュ?(←要するに生まれ変わったニルヴァーシュ)は、どう考えても完全に一人乗り仕様。
しかも、コントローラーとかステアリングも3D感覚!?(より直感的な操縦性へ変わったらしい)
凄い勢いで空も飛ぶ!(ああ、最終回ならではの思い切った展開)
ま、最大の突っ込み所にはあえて触れません…どうしてこれまで、アルファベットで表示されていたコンパクドライブが突然2bitモードに以降してしまったのかも、追求すべきじゃないですよね、多分。(笑)
エウレカと共に指令クラスターとなる事を望んだレントン。
本当に本当に、最後の最後の回で「一緒に」なることが出来た時、奇跡が起きました。
二人の想いがコンパクドライブに真の「さとり」を開かせ、コンパクドライブが装着されたニルヴァーシュが新しい指令クラスターとなり、クダンの限界を阻止することで地球と宇宙の崩壊が免れたわけですね。
絵面的にはニルヴァーシュが語っている様に見えたけど、自分はあれはスカブコーラルの意思が語りかけてくる声を具現化したもの(声がダイアンっぽかっただけに余計、そう思えたのか?)だったのかな、と自分は思いましたが、「大地の神様は女性が多い」という同居人の意見を聞くと、なるほど!と納得。
融合してひとつになることを望む、とか、相手となる対象を包みこむ、といった特徴は男性より女性の方が強いですし、エウレカやサクヤを生み出した事から考えても女性的である方が適切なのかもしれません。
いや、しかし…ごんジイは男だよな…(男の姿をしていただけ!?)
月光号からレントンが発つ前にモーリスへ手渡していた物が、以前、ニルヴァーシュType 2のリフボードを手にした際、祖父から送りつけられていた請求書と手紙だとはすぐ理解出来たものの、それを手に3人の子ども達だけが、アクセル(祖父)の元へ行くことになろうとは…。
半壊したニルヴァーシュとアミダドライブの力でエウレカの元へ行こうと決めたとき、レントンには「戻って来れないかもしれない」という気持ちがどこかにあったのでしょうか。
もしくは、万が一の時に備えて、ダイアンにも語った様に、エウレカや子ども達をアクセルの元へ絶対に連れてきたい、という決心の表れだったのでしょうか。
アクセルが手にするサーストン家の住民票には、子ども達の他にエウレカの名前もありました。
子ども達は、月に向かって「早くレントンとママが帰ってきますように」とお願いをしていましたが、月明かりに照らされる夜の闇に、小さいながらも煌々と輝く二人の光が意味するものは…?
なぜ、二人はすぐ祖父や子ども達の元へ戻れなかったのか…?
これがひとつの答えなのかどうかはわかりませんが、番組終了後のキャッチ(イラスト)にはアクセルを含めた6人で散歩をするレントン達の姿が描かれていました。
レントンが地球を救った英雄であることを知っている人たちは、地上に残された人達のどの程度に周知されているのだろうか…と考えてしまいます。
その後の姿を描かれていない月光号のメンバー達は、それぞれの人生を歩み始めているでしょう。
ホランドとタルホの間には子どもが生まれ、マシューやヒルダ、ムーン・ドギーとギジェットも地上のどこかで平和に暮らしている。
一度は離婚したDr.ベアとミーシャも、話中で将来の希望がまだまだ持てるエピソードがありました。
旅をしているのか、月を見上げるドミニクとアネモネの姿もありました。
アゲハ隊の子ども達も、あの艦長の元、少しは子どもらしさを取り戻しているかもしれません。
便りがないのは元気な証拠…って思いたい。
しかし、多くの人たちがコーラリアンであるエウレカの存在(まして背中に羽が残ったままですし)や、スカブコーラルの存在を真に受けとらめられる様になるまでには、今しばらくの時間が必要になるのではないでしょうか。
それでも、ゆっくりと確実に事実が世の中へと広がっていき、やがてスカブコーラルやコーラリアンであるエウレカの存在を普通に受け止められる時期もやってくる筈です。
月が地上を明るく照らすように、二人もまた静かに皆の幸せを見守り、時が来るのを待っている。
そして、あの最後のイラストの様に家族が揃って穏やかな日々を過ごせる日も遠くはないと自分は信じて感想に代えたいと思います。
まぁ…ハートにカタカナ名前だけは暫く夢に出そうですけどね(^^;)