あれは中学生だった頃、仲の良い友人は「バイクの免許取るんだぁ」と言い、自分は「バイクよか車の方がいいなぁ」なんて話していた事を思い出す。
なぜかその後、自分がバイクの免許を取り(普通自動車の免許も持っているが)、友人は車の免許を取り、自分がやたらバイクに乗り、友人は車オンリー(原付除く)という逆転現象が起こってしまった。
まぁ、友人曰く「バイクの免許は取りたいんだけどなぁ、免許取ってもバイクに乗るかどうかわからん」と、すっかり車に慣れてしまった自分がバイクに乗るかどうか疑問なのだと話す。
昨今、都心周辺ではバイクが増えている。それも原付(50cc)ではなく100cc以上、250cc以上といったビックスクーターの増殖具合は目に見えて多いと思う。
渋滞の多い都心部をすり抜けでガンガン進めるとか、単なる流行とか理由はいろいろあるのだろうけど…。
以前からバイクに乗り続けてきたものの、渋滞している道路であってもジリジリと車列が動いている時には、横をすり抜けたりする様な事を自分はしないようにしている。
路肩がバイク用に確保された一部の道路を除けば、やはり左折、車線変更といった突発的な動きを車にやられたら、まず大怪我をしたり命を落とすのは、バイクに乗っている自分の側だからだ。
まして、それが走行中の車と車の間を抜けるというのは、どれ程危険なのか想像がつく。
自動二輪の高速道路走行も可能になって、ますます中、大型のバイクに乗る人達は増えているのかもしれないが、タンデムした相手の命をハンドルを握った自分が預かっているのだと、もっと強く自覚して欲しい。
事故は突発的なもので予想が出来るものではない。
ハンドルを握るドライバーは、ドカン!とくる寸前に多少なり防衛体制に入れるが、シートベルトがあるワケでもなく、ささやかな手摺やドライバーに縋るしかないタンデムシートに乗る人は、些細な事故でも何メートルも吹っ飛んで、ドライバー以上の大怪我を被ってしまう場合が多いと聞く。
ビックスクーター人気が関係しているのか、バイクにもエアバッグを…という動きは出ている様だが、転倒したり、投げ出されてしまえばエアバッグも役にはたたない気がする。
無茶な運転が楽しい時期もあるのかもしれない。
スイスイと自動車を追い抜いていく爽快感が楽しくて仕方がないとか、優越感に浸る時期もあるのかもしれない。
ただ、どんなに楽しくても爽快でも、自分の命を落としたり、他人を巻き添えにしてしまったのでは意味がない。
結果良ければすべて良し、でもなく、道交法を守っていても楽しく安全な運転を続けていく、続けている自分を誇りに思えるドライバーを目指したいものだ。
なぜかその後、自分がバイクの免許を取り(普通自動車の免許も持っているが)、友人は車の免許を取り、自分がやたらバイクに乗り、友人は車オンリー(原付除く)という逆転現象が起こってしまった。
まぁ、友人曰く「バイクの免許は取りたいんだけどなぁ、免許取ってもバイクに乗るかどうかわからん」と、すっかり車に慣れてしまった自分がバイクに乗るかどうか疑問なのだと話す。
昨今、都心周辺ではバイクが増えている。それも原付(50cc)ではなく100cc以上、250cc以上といったビックスクーターの増殖具合は目に見えて多いと思う。
渋滞の多い都心部をすり抜けでガンガン進めるとか、単なる流行とか理由はいろいろあるのだろうけど…。
以前からバイクに乗り続けてきたものの、渋滞している道路であってもジリジリと車列が動いている時には、横をすり抜けたりする様な事を自分はしないようにしている。
路肩がバイク用に確保された一部の道路を除けば、やはり左折、車線変更といった突発的な動きを車にやられたら、まず大怪我をしたり命を落とすのは、バイクに乗っている自分の側だからだ。
まして、それが走行中の車と車の間を抜けるというのは、どれ程危険なのか想像がつく。
自動二輪の高速道路走行も可能になって、ますます中、大型のバイクに乗る人達は増えているのかもしれないが、タンデムした相手の命をハンドルを握った自分が預かっているのだと、もっと強く自覚して欲しい。
事故は突発的なもので予想が出来るものではない。
ハンドルを握るドライバーは、ドカン!とくる寸前に多少なり防衛体制に入れるが、シートベルトがあるワケでもなく、ささやかな手摺やドライバーに縋るしかないタンデムシートに乗る人は、些細な事故でも何メートルも吹っ飛んで、ドライバー以上の大怪我を被ってしまう場合が多いと聞く。
ビックスクーター人気が関係しているのか、バイクにもエアバッグを…という動きは出ている様だが、転倒したり、投げ出されてしまえばエアバッグも役にはたたない気がする。
無茶な運転が楽しい時期もあるのかもしれない。
スイスイと自動車を追い抜いていく爽快感が楽しくて仕方がないとか、優越感に浸る時期もあるのかもしれない。
ただ、どんなに楽しくても爽快でも、自分の命を落としたり、他人を巻き添えにしてしまったのでは意味がない。
結果良ければすべて良し、でもなく、道交法を守っていても楽しく安全な運転を続けていく、続けている自分を誇りに思えるドライバーを目指したいものだ。