睡眠(すいみん、羅: somnus、仏: sommeil、英: sleep)は、ねむること、すなわち、周期的に繰り返す、意識を喪失する生理的な状態のことである。ねむりとも言う。からだの動きが止まり、外的刺激に対する反応が低下して意識も失われているが、簡単に目覚める状態のことをこう呼んでいる。ヒトの通常は昼間に活動し夜間に睡眠をとる。動物では夜間に活動し昼間に睡眠をとるものも多い。(Wikipediaより)
Wikipediaにはこう書かれているものの、一言で意識を喪失して簡単に寝覚めることを睡眠と呼ぶには些か単純すぎるように思われる。
睡眠、それは多くの人間にとっては、夜間行われる生命の摂理であるものかもしれないが、個人差もあるという事を我々は忘れてはならない。
例を挙げるとするならばこのようなことだ。
日々真面目に学校に通っている男子高校生がいたとする。
彼は学校を欠席する事もなく毎日出席している。
そして今の学校、どちらかというとその学校の同級生に対して非常に愛着を感じているようだ。
学校でも皆から絶大な人気を誇り、一部では「たまごっち」などという愛称でも親しまれていたりするようだ。
ところがその生徒には唯一の欠点が存在する。
それは、授業中に突如襲いかかる悪魔のようなもの__すなわち"睡魔"に非常に弱いということだ。
これに対しては以前からも格闘を続けており、長い因縁の相手という事になる。
勿論、敵対しているだけあり、本人もそれを非常に嫌っている。
しかし何をやっても見事にこなしてしまう彼であるが、こればかりには勝ち目が無いようだ。
このように、一見完璧で世間からは尊敬すべき対象として見られているような人にも、睡眠に対しては個人差があるというものだ。
それは不可避であり、我々はそれを寛容に受け入れていかなければならない。
しかし、学校ではそのような人に「お前いっつも寝とるやん」や「吉本くんが起きとるのあんま見らん」などといった心ない声をかける者も見受けられる。
ここで話を一旦整理してみよう。
その本人は睡魔と必死に格闘しつつも、瀬戸際の所で惜敗してしまう。
そして睡眠とは本来、人によって個人差が生じるのは当然考えられる事象である。
にも関わらず、自分の意思とは裏腹に睡眠をしてしまう人を責めるのは、果たしてあって良い事と言えるのだろうか。
これを読んでいるあなたの周りにもこのような人がいたら、それはこれからは優しく見守ってあげて欲しい限りである。
と、ここまで長く論述してきたが、ここでまた新たな問題が生じている
それは個人差とは関係の無い普遍的な事実として考えられている事である。
その事実とは…
このような、客観的に見るとただの屁理屈に思えるようなブログを長々と綴っている内にも、
私の睡眠時間は刻一刻と減少していっているという事である。
ごめんなさい寝ます