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笑旅-ぢえまの日記-

又あふと思ふ心をしるべにて
道なき世にも出づる旅かな

コレを書いているということは
山から無事に帰ってこれ元気良く
生きていることだという事です

山のことを振り返ると自然が活き活きとして
鳥はいても獣はいない不思議で
人間にとっては厳しい山でありました
それは中級、上級と人の物差しでは
とても計ることのできないことでもある

7月6日(火)
沓形岬公園の銅像の前にキャンプを張ってたボクは
「目の前の本を片付けよう」と
もくもくと読んでいた

『アラスカ物語』は事実に基づく本で
アラスカに渡った日本の心とエスキモー文化
との間の壁や
白人たちの鯨漁の乱獲などから
荒廃していく村を
主人公のフランク安田が
救って生く
内容のある作品でした
(流石!新田次郎)

本を読み終え、朝食を作っていたボクに
丘の上から降りてきた男性二人
話す前から分かる旅人の匂い
それは見た目にばかり囚われる事じゃない
二人は手ぶらだった

そしてボクの料理と風除けのアイデアに共感していた
『魚をたくさん採って、煮付けを作ってあるから、夜にでも。』
との誘いに一度、返す
「キャンプ場の300円をシブっちゃってるから…」
と云うと
『夜は管理人来ないから』

それに答えるまでもなくコミュニケーションは終わり
相手は待っていてボクが行く事も決まっていた

しかし、明日は山
天候や山を窺い見続けた2日間でもあった
それにしても「今日の昼の暇」には
変わりはなかったので釣りに行った

3時間投げたが釣果はゼロ
そーいえば港のタクシーの運転手さんも
『昼間はダメなんだ、釣るなら夜。夜なら入れ食いだよ』
とニンマリ
それでも釣りに行こうとするボクを見て
苦笑いをしていた

夜になり早速キャンプ場に向かった
明かりが灯るロッジのような洗濯場がついた休憩場は
宴で極まっていた
酒と肴でさらに盛り上がり
花火で閉じた晩
みながそれぞれのテントに寝に入る

ボクは支度をしていた
7月7日(水)am1:30
山へ向かった
酔っていたのと睡魔で道の脇に何度も落ちた

am2:30
登山道入り口へ着いた
さすがにまだ明るくはない空と眠気とで
登山口のの脇に持参したシュラフカバーに
汗をかいた身体を潜らせて眠った

am4:30
二人の男性が入り口を通過する物音で目めた
そして歩き始めた

胸焼けの五合目から始まり一度目の休憩は一時間
そのあとは軽快だった
それでもコースは噂以上に厳しいものだった

10センチもが残ってない崩落後の足場は砂地
壁は土で掴める物といったら
20センチ程度の雑草だけ
それでも助かった

その後の『親不知子不知』
という名前の付いてるポイントは
落石の頻度が高く繋ぎのロープも頼りない
ロープ支える杭でさえ今にも抜けそうだった

am10:30
登頂した
今日の利尻もそうだが地上は
『雲の帽子』と言われるくらい雲がかかっていて
曇り空なのだが山頂は晴天
さえぎるものも無く、暑い
けれど、それ以上の景色だった
たくさんの人が続々と集う
皆が早々と下山し始めた後も
ボクは頂上を堪能していた
3時間もの間そこにいた


満足して下山した
置いてきた荷物を取りに
今度は上がりとは別のコースで
町からさらに12キロの道のりを歩いた

pm20:30
きのうの宴の場所、キャンプ場へ着いた
皆に会うなりのボクの一言目は
「何か、食べるものはないですか?」
だった

そこには朝ボクを登山道の入り口で
覚めさせてくれた二人がいた

登山中、何度も会った親子のその二人を見て
「親父といつか登山でも‥」
と夢を描いた


泥の様に眠るつもりだったけど
興奮していたのかすぐには眠れなかった

もと来た道を港の方へ3時間歩き
鴛泊の港近くで最後に食べた料理屋の
マスターは色々とサービスをしてくれた
身体も心も満たされたボクは
お礼に読み終えていたアラスカ物語を渡した

羊蹄山を終えた辺りから始まった
漠然とした「稚内、利尻富士登頂」
という想いもここで終わり
次のことも少しずつ考えつつ
今、帰りのフェリーは晴天の稚内へ着きそうだ

日時は7月9日(金)pm15:40


愛と感謝と笑みをすべてに

laughter