昭和になって間もない頃。

新潟の片田舎で働く産婦人科医・荻野久作は、
診療の傍ら、ある研究論文を書いていた。

論題は、

『排卵ノ時期、黄体ト子宮粘膜ノ周期的変化トノ関係、
子宮粘膜ノ周期的変化ノ周期及ビ受胎日ニ就テ』。

真面目ひとすじな先生は、論文を完成させるために、

純朴な患者に夜の生活がうまくいっているか尋ねることも、
自らが実験体となり、夫婦の営みを記録して論文に載せることも厭わなかった。

幾度の困難にぶち当たりながら、
世界中の誰もが知らなかった真実を発見した荻野の研究は、

ローマ法王庁が初めて認めた避妊法になった。

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彼の研究は、
今は「オギノ式」と呼ばれ、
避妊法として知られている。

しかし、本当は、
彼の研究には、

一介の産婦人科医、荻野久作の、
避妊とは違う、別の願いが込められていた。

荻野先生と、彼をとりまく人々の、
愛らしくも滑稽な物語。