バブルのF1を例にとったメディアの印象操作の、前回からの続きである。

 

前回のターボ規制の話は明らかな創作であるが、そこまであからさまなものでないが、どうも事実をかなり都合よく変えているのではないかというものもある。

 

セナとプロストの緊張関係が最高潮にあった、1989年のイタリアGPで、プロストはセナに予選で1.8秒もの大差を付けられた。

ちなみに、当時は今よりも、同じチームであってもドライバー間で予選タイム差が出やすかったのであるが、とはいえ、予選タイム差があまり出にくいモンツァサーキットでこれは大差だ。

プロストは「セナと同じエンジンを供給されていない」といったが、ホンダの意見は「プロストの腕が悪いだけ。パラボリカのコーナーでプロストはセナよりも1000回転も低くしか使えていない。」という言い分であり、もちろんフジテレビは、ホンダの主張が全面的に正しく、プロストは腕が劣るのに文句ばかりを言っている人間という論調であった。

その直後に、「ホンダはプロストとセナに同等のエンジンを供給するように」といったFISA会長のバレストルは、もちろん悪の親分のような扱いである。

 

しかし、このフジテレビの報道は果たして正しかったのであろうか?

私自身、この時点でセナの方がプロストより速かったと思っている。

しかしながら、予選での1.8秒の大差は不可解なものを感じる。

 

まず、プロストは12回F1でモンツァを走っているが、1988年と1989年のセナを除いた10回は予選で4人のワールドチャンピオンを含めたチームメイトに全勝している。

では、セナが他のサーキットに比べモンツァで特別に速かったかというとそうでもない。セナとプロストの予選タイム差は1988年は0.3秒差であるし、セナがベルガーと組んだ3年間でも2人のモンツァの予選タイム差は0.2~0.4秒の範囲である。

1989年だけ明らかに異常なのである。

 

当時のホンダのプロジェクトリーダーの後藤氏は、プロストのことを理論に考えられないと”ボロカス”に叩いていたが、それも不可解である。というのは、巷でプロフェッサー(教授=F1理論に長けたドライバーとの愛称)で呼ばれただけでなく、後年に知ったのだが、欧州ではプロストは1980年代半ばの時点でかなり理論的なドライビングの本も出しており、この内容が同じく理論派で有名である世界ロードレース選手権(WGP)の4回のワールドチャンピオンのエディローソンと本質的に共通する内容であったりするのだ(ローソンの理論的能力は関係者誰もが認めるものである)。

後藤氏は、プロストはタコメーターの読み方といった素人でも分かるような理論さえ知らないと主張するが、これはさすがに信じがたい。

ちなみの、このローソンも1989年にホンダでワールドチャンピオンになっているが(この年は伝説的な3人のライダーによる争いで、ファンにとっては有名な年である)、やはりホンダとの関係が悪くヤマハに移籍している。後日ローソンが語ったことによると、当時のホンダのマネジメント連中のやり方が最悪だったとのこと。チャンピオンを取ったが元々ヤマハ系のライダーであったがローソンより、長くホンダ系のガードナーを露骨に贔屓したようだ。

 

このような事実を今になって知ると、実はどうもプロストの主張の方が真実だった可能性がかなり高いのではないかと思う。当時は私自身もフジテレビに踊らされたわけであるが。

 

まあ、高々F1のことである。少なくともNHKの件とは違い、(日本人は)誰も被害にあっていない。むしろホンダという一日本企業にとっては、イメージアップになって短期的なメリットも多かっただろう。

しかし、だからと言ってこのような報道をすることが本当に正しかったのであろうか? 日本のためになったのであろうか?