今まで義母の千切って千切って、もうこれ以上小さくならないでしょ!
というところまで千切って食べるので
もう異常としか思えなくなったけど
こればかりは習性なんだ、認知なんだと言うあきらめもつかないで
その汚い食べ方に毎食イライラのし通しだったけど
昨日義母のおかずをたたきつけて食べる様子を見ていたら
やっときづいたことがあった。
その食べ方に
義母の不満や憤りや、執着、しつこさ、そういったものが
すべて込められてるということを。
義母は、言葉が思うように出てこないので
唯一、食べると言う行為にすべての憤懣をぶちまけてるような
そんな気がした。
気に入らないおかず、息子の厳しさ、嫁の冷たさ
こんなに眠いのに起されて
何で私がこんな思いしなくちゃいけないの?
頭の中は空っぽになっても
怒りは身体が覚えていて、身体で表すのだ。
「ほんとにもーっ!なんなのよ!あたしばっかり!
えい!えい!(お箸でたたきつけて)えい!こうしてやるわ!
(千切って千切ってボロボロに!)
ほんとにこの二人はアタシに文句ばっかり!
アタシだって言いたいことは一杯あるのよ!
なによ!なにさ!(千切って千切って)」
そんなことを思いながら
私の作ったおかずを粉々に粉砕してしまうような気がした。笑
「なんで朝からそんな顔でご飯を食べるんだ!」と
夫に怒られてもおかまいなし。耳にも入らず
しつこくしつこく、千切ることに執着する。
ふと、我に還って正気になるのか
当たりをキョロキョロ見回す。
何かを探しているように。
そしてまた一心不乱に義母の世界に入りこむ。
千切って千切って、たたきつけて。
小さくして食べたいのかと我慢してきたが
小さく切っても同じだった。
これは義母なりのストレス解消なのかと
黙認してやるしかないのか。
義母のこんなしつこさは認知になって一層激しくなった。
それでも、この憤懣が暴力行為になるよりもマシなのか。