30年も見なかった父が最寄り駅まで迎えに来てくれた。

すっかり年を取ってしまったけど

父は父だった。


父宅へ向かい父の奥さんに会い

お土産など渡したり食事をしたり、わらび餅を食べたり

そんな普通の親子が普通に団らんしてるような時間が

過ぎていった。


その時妹が自分の旅行鞄からゴソゴソ何か

探し出して

「お父さん、はい、これもお土産よ」

「なんだろう」と父。私も目を白黒。

「パーコレーター!」

「あれ?お父さん持ってるよ。新しいのを買ってくれたのか。

そうかそうか。」

「お父さんとコーヒーを飲みたかったから」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


なに!?その抜け駆け!

ずっと一緒に今日の話を電話でし続けてきて

打ち合わせしてきて

パーコレーターをお土産に持って行こうなどと、ついぞ

一度も話に出なかったじゃない。



「これはちょっと残念なことをしたな。

二人が来たらデパートにパーコレーターを買いに行って

お土産にしようと思ったのに」


「がががががが=======ん」


もう私 胸が・・・・胸が・・・・・痛い

頭が混乱。。。。。


妹のMは

父と三十年ぶりのデパート行きもふいにさせ

子供のように

三十年ぶりに父に物を買ってもらう楽しみをふいにさせ

おそらく父の形見になったであろうパーコレーターもふいにさせ

父と私の二人の約束も、ここでもまた自分の思い出に置き換えて

踏みにじり・・・


「それじゃゆっくりとコーヒーでも淹れるか」

父はそう言って

コーヒーの粉の中にバターを一つまみ落として

ゆっくりとコーヒーを沸かした。


「北京にいた時にね(父はM製菓の北京支店にいた)

お母さんとこうしてコーヒーを飲んだんだよ。

お母さんは本当にきれいな人だったね」


なんだか切なかった。

父だって言いたいことがあったはずなのに恨み言も言わずに

北京での幸せな思い出を語ってくれた。

「今頃の時期にね、庭にライラックが沢山咲いていてね」


えっ?母だって6月に札幌に来てライラック眺めてたのに

そんな思い出話何も言わなかった・・・・とは父に言えなかったけど。

なんだか、しんみりとコーヒーを飲んだ。


それから1年して父が亡くなった。

私たちと会った時にはすでに肺気腫でかなり苦しかったらしい。


妹は掟破りのでしゃばりだけど

これでよかったと思った。

父からのパーコレーターがなくて残念だったけど

永遠に心の中に父のパーコレーターが居座ることだと思う。