子供の時に、公団住宅のピアノの先生の家の側で

父と別れる時に


父が私にこう言ったの。

「いいかい?よく聞いて!お父さんの電話番号はね

○○○○○○だからね。

覚えやすいでしょ?わからなかったらおばあちゃんにお聞き。

何か困ったことがあったらすぐに電話してくるんだよ」


語呂合わせで覚えやすく、私はこのあと

何十年経ってもこの番号を忘れることがなかった。

電話をかけることもなかったけど。。。


子育てがようやく一段落した頃、ふいと父を思いだすようになった。

それでもね、父に電話をかけようとは思わなかった。

夫婦別れの原因なんてどっちの言い分だって

それぞれだということもわかるような大人になっていたし

父を恨みとか母を恨みとか、そんなことも一切感じなかったし。


でもね、時々母自身がポロリと恨み言を言い始めた。

するとね、おかしなもので

父だったらなんと言うのだろう?と思ったわ。


父に会ってみたいと思っても、すでに別の家庭のある人。

家族構成さえわからないのに、うかつに電話など出来なかった。


それをね、ポロリと妹にしゃべったのよ。


「なんかね、最近お父さんに会いたいな~と思うの。

別に改まって会うことなんか望んでないけどちょっとね

電柱の影からでもお父さんの姿が見たい気もするわ。」

と別に痛切にでもなんでもない。

妹と話のタネ程度にしゃべったんだけど

(父の年齢を考えたら焦りも多少はあった)


「でもね、連絡先も知らないし住所も覚えてないもの。」と妹。


「それがね、今でも語呂合わせで教えてもらった番号を覚えてるのよ」

「なになに?ホント?」・・・・・驚く妹に教えた。

「ね、この語呂ならこうじゃない?」

「うんうん、そうね」そんな会話を電話でしていた。


それから一月も経たない頃、妹から電話が来た。

「お父さんから速達で手紙が一杯来てるの!」


「は?なんで???」


「実はね、私りゅうちゃんから聞いた番号に電話をかけて

お父さんから住所も教えてもらった。そしたらね会いにおいでって」



「は?どうして急にそんな話に発展したの?」


「お父さんの姿をね、電柱の影からでもいいから見たいと言ったの。

そしたらね、おとうさんが電柱の影からなんてって 笑って

早くこっちにおいでと言ってくれた。Mちゃんが(妹)こうやって

思いだしてくれてお父さん本当にうれしいよって」


「M~~~っ、勝手に先を越して~」



とにかく妹が父を慕って一途に行動をおこしたも同じだった。

それから、私宛にも手紙が何度も届いて

以前のblog運命の赤い糸?

http://secret.ameba.jp/fromhs/amemberentry-11570922734.html

にも書いたような父とのコーヒーの

思い出も手紙に書いた。

大人になったら飲ませてあげるからねと言った父のパーコレーターの

コーヒーのことをね。


そしたらまた父から手紙がきて

「パーコレーターでコーヒー淹れてあげるよ」って。

これは父と私だけの大切な約束だったのよ。


こうやってしばし父との手紙のやり取りをしてるうち

父が旅費を送ってきて「すぐにでもおいで」と、、、

それで私たちは行かないわけに行かなくて

二人でO市に向かったのでした。


お土産をあれこれ用意して・・・


が、またもや・・・・