小学校5年生になった時に

学校から帰ると驚いたことに父が戻っていた。

「あーーっ、おとうさ~ん!」私は嬉しさのあまり

父に飛びつこうと思ったのに

父は母と縁側で込み入った話をしているようで

近づけなかった。


しばらく、おとなしく待っていると

父が立ち上がってきて

「これで帰るよ。また来るからね」

そういって私の頭をなぜて出て行ったの。

残った母はぼんやりとしていたけど、すぐに気を取り直して

「お父さんはね転勤で関西で暮らすの。お父さんの生活が

落ち着いたら関西へ行くかもね」と言ったわ。


「関西!関西!」私はそれがどこかもよくわからず

喜んでいたの。


が。。。。

その言葉を真に受けて、父に「早く迎えに来てね」と

手紙を書くと母はいい顔をしなくなって

こっそり祖母に頼んで手紙をだしてもらいましたね。


父からは何度もフランス人形や(昔よくありましたよね)

洋服や腕時計、万年筆などを送ってきました。


父が自分たちのことを忘れていないことで

安心しました。


小学校高学年から中学にかけて順調に楽しい学校生活を

送っていた私ですが

中三になった時には、すでに父がこのまま帰らないのでは?と

言う思いもありました。

もう、母の言葉を鵜呑みにするような子供ではなかったし。


そして修学旅行で関西へ行くことになり

私はちょっと浮足たつのと動揺がありました。

父に会って来ようと。また母にこっそりと旅程のすべてを綴って

父に送ったの。


でもね、旅館に訪ねてくれた父親に学校側はすごく厳しく

外へ連れ出すことも、ロビーで話をすることも許可されなかったと

父が悔しそうに言った。

結局、先生に「会ってもいいけど玄関だけで」と言われ

父親に玄関先で会ったのだけど

周りに友達は居るし、先生の監視はあるし

その時に、父親になんて声をかけたらいいのか

わからず


中三が「お父さん元気でした?どうやって暮らしてるんです?」

なんてまともなことも言えず

父からお土産だけ受け取って別れてしまった15の春。笑


その後、父から「リュウに会わせてくれてありがとう」と

母へ礼状がきたことで修学旅行先で父に会ったことが

バレてしまった。

母はとても不機嫌になった。


父と母は相変わらず離婚もせず別居と言う形で

父からの養育費(後になって知った)が送られて来ていた。

そんなこと何も知らず育った。


18になった時に母が「話があるんだけど」と言って

学校から帰ってきた私に言った。

引き出しから手紙を出してきた。



「○○さん(父)と正式に結婚したいと思いますので

どうか籍を抜いていただきたくお願い申し上げます」


母宛への父の女の手紙だった。

それ以外の内容を何も覚えていない。

それを読んで本当は驚愕するはずなのに

なんの感慨も衝撃もなかったのはどうしてだろう?

もうその頃には父がいない生活が当たり前になっていたから?

これが母だったらとても恋しくてたまらなかっただろうけど。



その間にも何年間か母のいとこの弁護士が間に入って

離婚訴訟をしていたことをあとで知った。


そしてようやく父と母は正式に離婚した。