母があぶないとわかって、横浜に飛んだ時のこと。

もう食事もとれなくなって、リハビリも嫌がった。

それでも母が、「お金があったら少し貸してほしいの」と言う。


「何をしたいの?」と聞くと

「カーディガンでも買ってタクシーで家に帰りたいの」と言った。

もう、いろいろボケが出てきた母の 正気になった姿に

狼狽した。

私は、すぐにでもそうしてあげたかったけど

現実、病院からは止められていて

「ご飯が食べられるようになったら帰ろうね」と言った。


東京の大学の寮にいる息子に連絡を取って

ドトールで30分ほどお茶しながら母のもうあまり長くないことを

話した。

その帰り道 また母が帰りたいの言うのではないかと気になって

なんとか母の気をそらせようと

デパートで小さな一口サイズの和菓子を買った。


それを持ってまた病院へ行き、母に「お菓子を食べよう」と言った。

母は「えっ?いいの?食べていいの?」と心配そうに言う。

「こんな小さいのだもの、こっそり食べようよ」と言うと

母は、小さな子供がお菓子を盗み食いするみたいに

楽しそうに笑いながらお菓子を口にした。

まるで隠れるように窓のほうに顔を向けて

ニコニコしながら小さな和菓子を口に放り込んだ。

「おいしかった」と言った。

きっともう味などわからなかったはずなのに・・・


二人だけで、何十年ぶりかのおやつを食べた気がした。

洋菓子は母の身体に無理だった。


和菓子を食べさせた二日後母の容態が急変した。

私は誰にもこのことを言えなかった。


母は、東京早稲田の和菓子屋の娘。

そればかりじゃないけど、お菓子が好きだった。

私と妹が学校から帰ると

「三笠でケーキ買ってきて」とよく言った。

私と妹は、いつもストロベリーケーキ。

母は、いつもモンブランかサバラン。

モンブランを私たちは「おばばケーキ」と言って

母をからかっていた。

和菓子みたいで年寄り臭いケーキに思えた。

「これ美味しいのよ~」と言う母の声が今も聞こえそうだ。


私は子供たちが独立した頃から年のせいか

なぜかケーキがあまり食べたくなくなった。


でも、今は時々、喫茶店でモンブランを頼んでしまう。

母をからかった「おばばケーキ」を・・・


母が「ほらね。やっぱり美味しいでしょう?」と言ってるみたいな

気がする。