実母が86の頃、物忘れがボツボツ現れた。


友人との約束を忘れたり、妹との食事の日を忘れたりし始めた。


ちょうどその頃、まだ義母は籐のお稽古に行っていたけど


家族が心配になってやめさせてしまった。


その頃風邪をひいたらしく、風邪薬を多飲してしまいろれつが回らなくなり


立てなくなって


脳神経外科に入院した。


それで私は母の見舞いに大手を振って帰って病院へ駆けつけた。



ベッドにいた母がニコニコとして私を迎えてくれた。


電話ではすでにボケの状態も聞いていたので不安はなかった。


母が私の顔をみるなり


「よく帰ってこられたわね、いそがしいのに大変だったでしょう」


そう言って、母らしくねぎらって喜んでくれて安堵したのも


つかのま


「あのね、ブー子がね(二つ違いの妹)今、来てるんだけど


すねちゃってね、ベッドの下に隠れてるの。いくら呼んでも


すねて出てこないのよと笑いながら言う。


私は仰天したのと同時におかしくなって


「どこどこ?探してみる」と言ってベッドの下をのぞいた。


「いないみたいよ」と言うと


母が「それじゃ、きっとエレベーターの中だわ。あそこに隠れてるのよ」


「えっ?そうなの?あとで探してみるね」


そういうと母は安心して


「○○は元気?」などと私の息子のことを聞いたりする。


安心していたら突如ひそひそ声になって


「あのね、ブー子が機嫌悪くして隣のベッドに入って寝てるの。


さっき、隣の布団から足が二本出てたからわかったのよ!」


ニコニコして私に目配せする。


母の中では、末っ子のブー子がいつまでも幼く、わがままで怒りん坊の


ままだったのだろう。


なんだか可愛いボケをやってくれていた。


それでも、退院したら普通の物忘れ程度になったが


最後の入院では「天井に小鳥がいるの。見えた?」


など動物好きの母らしく


ボケて、可愛かった。そこに鉢植えが一杯あってきれいでしょう?


とか、病室にあるはずもない鉢植えを眺めるような目で言った。


幻覚が現れたのだろうか?


それともただ目がわるくなってしまったのだろうか?


それでも母のボケは終始楽しく可愛かった。



でもじきに、病院へ駆けつけると「今、おじいさん(母の)が来ていたの。


そこで会わなかった?」とか「○○が来ていたのよ」とか


しきりに亡くなった人が来たと言い出した。


もう、この時には母のボケに笑えなくて、母の死期が近いことを悟って


目頭が熱くなった。


母の小指に赤い糸が巻かれていた。


妹が「お母さんがね、赤い糸を巻いておくと幸せになるんだと言うの。


それで巻いてるのよ」と言った。


それから間もなく母が亡くなった。


私の作った加賀の赤い指ぬきを小指にはめて


母は旅立った。


母の求めた幸せはなんだったのだろう?




こんな母に親不孝を強いてきた義母がとても憎い。