まだ子供が小さい頃、義父がよく早く同居したいと言ってたことがあった。


でも、義母は「子供が小さいうちは親が育てるのがいい」などと


格好いいことを言って


「私たちが年老いて、いよいよとなったら同居する」と言った。


なんと都合のいい言葉!



私自身、祖母と同居していたので祖母のなんともいえない温かさは


忘れられず、家の子供たちも祖父母と同居してたら


どんなにいろんな体験ができるだろうと思ったけど


それはこの義母の一言で有耶無耶になった。




同居は1年でも遅い方がいいと言う人もいる。


でも



体が弱って本当に(いよいよとなって)どうにもならなくなって


同居したけど、いきなり家族と言う思いどころか


愛情など湧くのだろうか。



よく、嫁姑ブログを見ると結婚当初から同居だったり


お子さんが生まれて同居に踏み切って若いのに大変な生活を


強いられてる方を見るたび


大変ではあっても、いっそ、こどもの小さい時に同居してしまったら


嫁と姑の喧嘩も言い合いも何もかも、裸の付き合いが


出来たのかもしれないと思ったりもする。


義母と喧嘩しながらも一緒に子育てに参加して


泣いた笑った熱が出たと、同じ土俵でやってきたら


少なくとも少しは義母に愛情がもてて、いろいろあったけど


お義母さんにもずいぶん助けられたと感謝の気持ちさえ


持てたと思うかもしれない。



我が家も、すでに子供たちは独立したあとの同居だったので


子供と義母の


祖母対孫の関係はどことなくぎこちがない。


いくら、あちこちいつもお出かけに伴われたと言っても


あまりにも形式的なつきあいだし


それは私の嫁としての態度をみれば、おばあちゃんに我がままを


言えない、おりこうさんにしていなくてはいけないと


子供心に思っていたのではないだろうか?



今でも、子供が帰省してみたら、居るはずのない人が鎮座してる。


あーーっ、そうだっけ。おばあちゃんがいたんだ。


そんな感じだ。




仕事に逃げて役にたたない夫をよそに


一人で三人の子育て、風邪から急性肝炎になり入院した長女、


まったく同時に麻疹になった下二人。


嫁としてはうっとうしいかもしれないが


もしあの時「それは大変!おばあちゃん、これから行くね!」


などと一度でも言ってくれてたら、どんなに心強かったろう。


義母に対して


「嫌な時もあるけど親切にもしてくれる、助けてくれる・・・我慢しよう」


などと思えたかもしれない。


けれど義母に助けを求めたら「お父さん(義父)に移ったらどうするの!」


言われたあの言葉は忘れようにも忘れられない。


子供たちも可哀想だったが走り回る私は、その言葉を聞いて


へなへなと力が抜けて涙が出た。


おそらく義母を看とるまでこの時のことは忘れないつもりだ。



ここまでにいろいろ義母との確執がありながら


ある日突然同居が始まって


私はいまだに義母に感謝も愛情も感じることがない。


もちろん家族としての感情もない。


この人が、本当に寝たきりになった時に


私はこの人を愛情こめてお世話なんか無理かもしれないと


誰にも言えないけど思ってる。