英国 アヴァンギャルドの象徴
ヴィヴィアン ウエストウッド
Vivienne Westwood 【1941- 】
1941年4月8日 英国ダービーシャー州グロソップに生まれる。
子供時代から絵が得意で画家志望だった。
ヴィヴィアンが17歳の時、家族でロンドンに引っ越す。
生計を立てる必要上、アート専攻の教師の道を選んだ。
ウエストウッドという名は小学校の先生をしている頃に
結婚した夫のもの。
ロンドンがカルチャーのトレンドの最前線にいた1960年代後半、
二児の母になったヴィヴィアンは大学に入り直し、
古典や歴史を勉強することを決意。
大学時代に出会いマルコム・マクラーレンと出会う。
彼の思想にすっかり共鳴し、
反体制の若者を代弁するような新しいファッションを
マルコム・マクラーレンとデザインを始める。
キングスロード430の場所に 『Let It Rock』の店を構える。
その後、新しい洋服のコンセプトももと、店名や装飾を
次々に変える。
ショップ名は、
1972年 『Too Fast To Live, Too Young To Die』
1974年 『SEX』
1976年 パンクの時代が到来し、『Seditionaries』へ。
その後、『World's End』へと変更した。
1982年 コレクション発表の場をパリへと移す。
ロンドンに2番目のショップ『Nostalgia Of Mud』をオープン。
1984年後半、閉店とともに、
パートナーのマルコムから独立していく。
ストリートスタイルや若者のカルチャーから、
『伝統をもって未来を創る』スタイルに変える。
ORBのロゴを起用するようになる。
1989年 世界の優れた6人の一人に選ばれる。
(雑誌「chic sabages」による)
1990年 メンズコレクションを発表
1990年、1992年 British designer Of the yearの賞に選ばれる
1993年 レディースをファーストライン「Gold Label」、
プレタポルテライン「Red Label」と分けて発表。
1996年 独立したメンズウェアのライン「Man」を発表。
1998年 若年層向けまたはカジュアルな
メンズ・レディスウェアライン「Anglomania」、
フレグランス「Boudoir」を発表。
2000年 セカンドフレグランス「LIBERTINE」を発表。
2001年 Moet&Chandon Fashion Tribute賞を、
デザイナーとしては初めて受賞。
2003年 UK Fashion Export Award for Designを受賞。
ロンドンパンク代表とも言えるSexpistolsの仕掛け人として、
有名なマルコム・マクラーレン。
その彼と手がけた70年代のパンクファッションで
「パンクの女王」と呼ばれ有名になったヴィヴィアン。
後にパンクのレッテルを貼られ、
自身でパンクの犠牲者とも言えると語っていますが、
『World's End』は今でもロンドンのランドマーク的
存在として在ります。
ヴィヴィアンは以後アヴァンギャルドなデザイナーの
代名詞として称されてきました。
現在はトレンドに惑わされることなく、
高度なテクニックに裏付けられた服作りと高く評価されています。
独自のクリエーションを貫くスタイルは、
今後もブランドの価値を永続させると思われます。
ヴィヴィアンは下着を普段身に着けず、
英国の女王を訪問された時もノーパンだったそうです。
自宅でも普段は、裸のスタイルでいるとのこと。
下着は必要もなく、セクシーという意識からくるそうです。
Danke

