今日は、

前回紹介したカール・ラガーフェルド

パリの学校で机を並べていた

イヴ・サンローランの紹介です。




AntiqueBitte 目黒店 アンティーク&ヴィンテージ



『プチ・プランス』星の王子さま

イヴ・サンローラン

Yves Saint Laurent  【1936-2008】



1936年、アルジェリアのオランという港町で生まれる。

公証人の父を持ち、裕福な家庭に育つ。


イヴは子供時代から無口でシャイだった。

学校では成績優秀にもかかわらず、

いじめられっ子だったが、内面はとても強く、

パリのモード学校留学を実現させた。


その学校が、カール・ラガーフェルドと同じ

パリ・オートクチュール組合経営の学校だった。

コンクールでは、ドレス部門でサンローランが、

コート部門でカールが入賞した。



サンローランの才能をいち早く見抜いたのは、

当時のヴォーグ誌のディレクターだった。

モード界の帝王ディオールとの感性の共通点の多さに

気付き、サンローランディオールに紹介。

サンローランは、ディオールのアシスタントになる。



その後、ディオールが旅先のイタリアで急死し、

21歳のサンローランが、後継者に指名された。

1958年、サンローランによる「ディオール」が発表される。


翌年、兵役義務により、軍隊生活を送り、精神を病む。

・・1年後に戻った時には、

主任デザイナーのポストには兄弟子が座っていた。



1960年初めは、ビートルズやヒッピー、ミニスカートなどが

流行していた。政治、社会、文化のあらゆる既成概念が

覆され、新しい価値観が生まれた時代だった。



失意のサンローランは、米国の実業家の援助により、

1962年、サンローラン25歳、

「イヴ・サンローラン」が誕生。


アートとモードの融合で、オートクチュールの

「革命」と、若きクチュリエを高い評価で

欧米ジャーナリストは書きたてた。


「シースルー」や「サファリ」もサンローラン

打ち出したものだった。




サンローランが最も思い入れがあったのは、

スモーキング=タキシード だった。



男性の正装であるスモーキングを、

女性のイヴニングに匹敵する夜の服として発表した。

男女平等の自由を主張するサンローラン

スモーキングは、女性のパンツルックが定着する

70年代への基礎となった。



イヴ・サンローランのミューズは、

フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブだった。



その後、サンローランは、健康問題を抱え、

プレタポルテを米国人の弟子にまかせ、

サンローラン社では、プレタポルテを「リヴ・ゴーシュ」と呼ぶ。

自分はオートクチュールに専念することに。





2002年1月のショーを最後に

「イヴ・サンローラン」は幕を閉じる。



一方、プレタポルテと香水・化粧品を扱う

イヴサンローラン社は、1999年ブランド買収の

波にのまれ「グッチ」を傘下に持つ、

ピノー・プランタン・ルドゥート社に買収される。

プレタポルテのデザイナーには「グッチ」の

トムフォードが就任。

トムが2004年にグッチを辞任するまでの正式名称は

由緒あるブランド名の前にトムの名前が入り、

「Tom Ford for Yves Saint laurent Rive Gauche」

だった。






2005年から、アルマーニやミュウミュウでアシスタント

経験あるステファノ・ピラーティが就任した。

サンローランが築き上げたリヴ・ゴーシュの伝統に

深い敬意を払いながらやっていく」と、語る。



サンローランの大いなる遺産が、

これからどう伝えられていくのか注目されています。







Danke





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1990年代後半から起きたブランド買収合戦により、

現在、世界のラグジュアリーブランドは3つに絞られます。


グッチ、イヴ・サンローラン、バレンシアガ、

ステラマッカートニーを傘下に持つPPR


クリスチャン・ディオール、ルイ・ヴィトン、セリーヌ、

ジバンシー、フェンディ、ロエベ、ダナキャランなどを

傘下に持つコングロマリットLVMH。


カルティエ、クロエ、ダンヒル、モンブランを傘下に持ち、

ラルフローレンと合弁したリシュモン。