前回までの記事で、何かを気づいて下さった方がいるかもしれません。言葉一つ一つが暗号だと思って読み進めてください。
ケネディ大統領暗殺の時、通常パレードが行われる日は護衛のスナイパーを30人はセットしていたそうですが、その日は一人もいなかったそうです。おかしいでしょう。しかも殺人犯はすぐに射殺されました。犯人のオズワルトは死亡ということで、事件が落ち着きそうであったため、警察関係者や死体研究者はケネディ暗殺の真犯人に繋がる重要な証拠たちを処分、もしくは紛失してしまったというのです。そして関係者も消されるのではないか、という不安と恐怖でまともに仕事ができなかったというインタビューまであります。
さて、誰が…ということになってくるのですが、まずはメモの内容が何者かにとって不都合であったことはお分かりいただけたと思います。
ここで、ファティマ第三の予言というものについて触れておきます。
1917年、ファティマの村に3人の子供がいました。彼らは聖母マリアからそれぞれ一つずつ予言を託されました。1人目には第一次世界大戦の終結、2人目には第二次世界大戦の始まり、3人目には…
3人目の内容は1960年に発表しなさいというお告げをいただきました。その内容は当時のローマ法皇が腰を抜かすほどだったといいます。
しかし、ローマ法皇が語った内容は、法皇暗殺未遂だったと。1人目、2人目のスケールからは考えられないと、誰も納得しなかったそうです。そして、その3人目の子は2005年まで生きてました。そして、死ぬ前に、バチカンは嘘をついていると言ったようです。
現在になっても、その真の内容は公開されていません。
1960年に発表しなければいけない理由は、1960年にならなければ、人類は内容を理解できないと言われてました。1960年頃、何があったか…。1950年代から次々とUFOの目撃情報が拡散し、たちまちブームになりました。
ケネディのメモについて、ウォーレンの報告書の公開年とヒトラーの予言の年の合致。ファティマ第三の予言と当時のブームとヒトラーの予言の内容と…。
キーワードは
2039年
そして
バチカンのカトリックの総本山、ローマ法皇が隠していること