無我夢中を抜けていつの間にか自分の能力を知識や経験が越えていく。そして評論家になるほど自分の中にルールが出来上がってしまうことは、とっても寂しいことなんじゃないかと思う。それでも、自分を保つために無意識的に評論家になることを選ぶ人は多いだろう。自分を知りすぎることも寂しいことなんじゃないかって思う。無知で、上も下も、右も左も分からないぐらいが、幸せ。でもそこを抜けてしまったのだから、次の段階で戦わなければいけないね。