その日。
ダンナは朝から書斎という名の汚部屋の掃除をしていた。
ごみ袋を玄関前に何袋も出していた。

午後になり、ごみ袋をかかえながら外出して行った。
玄関先で二言三言会話をしたけれど、内容は覚えていない。
いままで嗅いだ事ないような臭いがした事だけは覚えている。

夜。ダンナはまだ帰って来ない。
私は昼過ぎからCSのジャックライアンシリーズを見ていた。
9時からは「今そこにある危機」が始まっていた。

遅いな...と思いつつも、メールも電話もしない。
どうせ返信は来ない。

1年前の転職後、連絡なしの外食が始まった。
仕事の仲間、取引先の人と飲み歩いて夕食を済ます。

連絡がないのでこちらからメール、電話するも応答なし。
「仕事が忙しいんだ」なんて言い訳するがただ面倒なだけ。

「食事がもったいない」
「作ってくれとは頼んでいない」
ささいなケンカからもう家では夕食を準備しない事になった。

9時半を回った頃、義妹より電話。
「お兄ちゃんが倒れて救急車で運ばれたらしい」

慌てて着替える。こんな時でも化粧をするか迷う。
道を間違えて遠回りしてしまったがなんとか病院に到着。
(後で思ったけれど、タクシーを呼んだ方がよかった)

ICUにはベッドに横たわるダンナの姿があった。
血栓を回収する手術の同意書にはいとこがサイン。
すでに手術は終わっていた。

あれからいとこの子供を連れて温泉施設へ。
夕方施設内で転倒。
脳梗塞の症状が見られたため、救急搬送。




私の連絡先がわからず、義妹に電話をするが着信に気が付かず。
こんな時間になったらしい。

主治医から経過と今後についての説明があった。
左脳血管の閉塞「左心原性脳塞栓症」で右半身麻痺と言語障害があった。


「処置が早かったから2週間で退院できます。」

これが4月29日の出来事だった。