春の野に菫摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける(山部赤人・万葉集1428) はるののに すみれつみにと こしわれぞ のをなつかしみ ひとよねにける
「野には菫を摘みに来ただけなのに、離れがたくて一夜過ごしてしまった」

いにしへの秋の夕べの恋しきに いまはと見えし明けぐれの夢 (夕霧・御法559) いにしへの あきのゆふべの こひしきに いまはとみえし あけぐれのゆめ
「遠い昔の秋の夕暮れさえ恋しいのに、もうこれきりと思われた夜明けの夢よ…」
見る程ぞしばし慰む めぐりあはむ 月の都ははるかなれども (源氏・須磨204) みるほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはむ つきのみやこは はるかなれども
「月を見ていれば心が慰められる。都に戻れるのは遠い先になろうが」

はかなくて同じ心になりにしを 思ふがごとは思ふらむやぞ (中務・後撰集594) はかなくて おなじこころに なりにしを おもふがごとは おもふらむやぞ
わびしさを同じ心と聞くからに 我が身をすてて君ぞかなしき(信明・後撰集595) わびしさを おなじこころと きくからに わがみをすてて きみぞかなしき
「夢うつつのうちに同じ心になってしまいましたが、私が思うようにはあなたは思って下さらないでしょうね」
「この胸の苦しさはあなたも同じだとお聞きしては、もはや我が身はどうあれ貴女が愛おしくてならない」

かれはてん後をば知らで 夏草の 深くも人の思ほゆるかな (躬恒・古今集686) かれはてん のちをばしらで なつくさの ふかくもひとの おもほゆるかな
「枯れることも知らず深く繁る夏草のように、離れてしまうことも考えず深く深くあの人を思う」
命こそ絶ゆとも絶えめ 定めなき世の常ならぬ仲の契りを (源氏・若菜上464) いのちこそ たゆともたえめ さだめなき よのつねならぬ なかのちぎりを
「命なんて絶えてしまっても、二人の仲はそういう生き死にを超えた繋がりなのだ」