老子 道徳経 上篇

第32章

 
 

だからタオは名前を持たない

 

原文


ダオチャンウーミン

道常無名。

プースイシアオ   ティエンシアモーノンチェンイェ

樸雖小  天下莫能臣也。

ホウワンルオノンショウヂー ワンウージアンズービン

侯王若能守之  万物将自賓。

ティエンディーシアンホー  イージアンガンルー

天地相合  以降甘露。

ミンモーヂーリンアルズージン

民莫之令而自均。

シーヂーヨウミン  ミンイージーヨウ  フーイージアンチーヂー

始制有名。 名亦既有  夫亦将知止。

ヂーヂースオイーブーダイ

知止所以不殆。

ピーダオヂーザイティエンシア
ヨウチュアングーヂーユィジアンハイ

譬道之在天下  猶川谷之於江海。


 


 

書き下し文

道は常に名無し。
樸は小といえども
天下で能き臣とするもの莫きなり。

候王若し能くこれを守れば、
万物は将に自ずと賓とす。
天地は相合し、以て甘露降らす。
民はこれ令することなく自ずと均する。

始め制して名有り。
名また既に有れば
それまた将に止まるを知とす。
止まる所を知るは殆うからず。

道の天下に在るを譬うれば
猶お川谷の江海に於ける。
 






誰も誰かを支配など出来ない

 

アメ語訳

いつだってタオは名を持たない。
素朴でささやか。

なのに、誰にも支配されない。
いや、正確には、誰も支配できない。

一家の主がこのことをよく守っていれば、
家族のみんなは
自分から主人を敬って従うようになる。

お年寄りと孫たちも仲良くし
その家には甘くて幸福な時が流れる。
命令しなくても、均等にまとまる。



父親らしさ?母親らしさ?
嫁らしさ?旦那らしさ?
長男らしさ?末っ子らしさ?

はぁ?
制度を作って、名前を付けて、
「こうでなければならない」
って命令して、切り分け過ぎるから
一族がまとまらなくなってくるのよ。

そういうの、ほどほどにした方がいいよ。
ほどほどを知っておけば
そんなに危うくならないのだから。


タオなる天下を例えると、
数々の河川が
今もなお大海へと流れ通っている様である。

 

 


Translated by アメ
丹生川上神社 下社にて

 

 


 


◆補足​
漢文としては
「将〜」は「まさに〜んとす」で
「将自賓」
 →「まさに自ずと賓せんとす」◯
 →「そのうちに自ずと敬うであろう」
となるのですが、

漢文慣れしない人からすると
未然形にする約束のところを
否定文かと勘違いしそうな箇所なので

あえて「賓せんとす」「知らんとす」を
↑「賓とす」「知とす」に書き下しています。




 




アメのフタコトミコト



世界の真理に気づかなけりゃ

社会がすぐに kill me

なんて怯えてどこも行けない xxな日々に

別れ告げに行こう

惑星さえも超えるスケールの旅をしよう


すべてを知った空の上なら

争いなんて起こらない気がしたんだ


朝にはちゃんと帰ります my earth






 



 

 

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