「暗いところで待ち合わせ」 乙一


A Piece of Mars




何か新しい本をむしょうに読みたくなって、

買ってきた本です。

知る人ぞ知る、乙一(おつ いち)さんの作品。



これは、2006年に田中麗奈さん主演で、

映画化されたようですね。



乙一というペンネームは、彼が愛用していたポケコンの名前

「Z1」から取ったとのことです。


そして、乙一さんの奥様、友絵さんのお父様は、

あの、知る人ぞ知る押井守さんです。



この作品は、乙一さんにしては、優しい作品に

仕上がっています。




主人公、ミチルは、後天的に目が見えなくなり、

静かに一人暮らしをしています。



  居間の畳の上で寝転がり、体を暗闇の中で丸めていると、

  このまま動かずに死ぬまでそうしていようかと

  思うことがある。

  暗闇の中でじっとして、窓から入る日差しの変化を

  体で受け止め、暖かくなったり冷えたりの繰り返しを

  感じるだけの時間を過ごす。

  飲まず食わずのまま何年間も生きられそうだった。

  そのうちにしわしわの老人となり、寿命がくると

  ようやく眠るように息をひきとるような、

  静かで平和的な消滅を得られそうな気がした。



このへんのミチルの気持ちは、

なんとなく分かるような気がします。。



そんな生活をするミチルの家に、殺人犯として追われている男、

大石アキヒロがそっと忍び込みます。


アキヒロは、物音を立てず、ミチルの家に籠もる日々を

過ごします。


けれど、ミチルは、彼の存在に気づいてしまいます。

でも、コチラが何もしなければ、

危害を加えられることはない、と彼女は考え、

彼の存在に気づかないふりをします。


ある時、ミチルは、食器棚の高いところに

仕舞ってある食器を取り出そうと椅子に乗り、

足を踏み外してしまいます。


それを見ていたアキヒロは、咄嗟に、

棚から落ちてきた土鍋を受け止め、

そっとテーブルの上に置きます。



  アキヒロが息を飲んでいると、土鍋に触れた彼女は、

  一度、棚の上を確認して、ため息を吐き出すように言った。

  「あ、ありがとう・・・・・・」

  

  彼女は、家に潜んでいる自分の存在に気づいていた。

  ただ、気づいていないふりをして生活していただけだった。

  アキヒロはそのことを知った。



それからの彼女は、意を決して、自分の食事とともに、

アキヒロの分も用意してみます。

彼女は、彼の食事を皿に盛り、テーブルの上に置きます。



  アキヒロはゆっくり立ち上がり、静かな足取りで

  食卓まで歩いた。彼女を驚かせないよう、

  大きな足音を立ててはいけないと思った。

  椅子を引く音で彼女は、向い側に座ったのを知ったのだろう。

  置いていたスプーンを手にとった。彼女は、二人そろうのを

  無言で待っていたのだ。




  昨夜の夕食は、向い側の席でいっしょにシチューを

  味わっている他人がいるという以外に、何も変わっていない。

  

  それでも心の深いところに、不思議な安らぎを感じた。


  お互いの関係が微妙な均衡の上に成り立っているだけで、

  偶然、いっしょに食事をしているだけだということは

  分かっていた。

  言葉をかけることはできなかった。声を発しただけで

  崩れて消えてしまうような、危ういつながりしかないように

  思えていた。



こういう描写、そして、日を追うごとに、アキヒロ、

そしてミチルの気持ちが少しずつ変化していくあたりの描写は、

2人の密やかな心のふれあいが感じられて、

読む側も、息を潜めてしまうような、

自分の気持ちまで、優しくなるような、

そんな気がしました。




アキヒロが殺人犯として追われている、という設定なので、

この作品は、当然ミステリー小説でもあります。


緩やかに張られた伏線が、最後にスルリと紐解けて、

「ああ、そうだったのか」と思わせてくれます。


それと同時に、静かで優しい、仄かな恋愛小説です




久しぶりに、乙一さんのほかの小説を読み返してみようか、と

思わせてくれる作品でした。。