チョップは、野良犬の子どもでした。
ある工場に住み着いた野良犬が5匹の子どもを産み、
そのうちの、まだ貰い手が決まっていない1匹を
貰ってきました。
それがチョップ。
生後1年は、家具を齧ったり、スリッパを齧ったり、
いろんなイタズラをしたものの、チョップはとても
お利口でした。
無駄吠えも一切しませんでした。
チョップの異変に気づいたのは、去年の夏のこと。
散歩に行っても、ちょっと苦しそうでした。
数日、あまり元気がないことがあり、
病院に連れて行きました。
レントゲンを撮って、血液検査をやって。
「肺に腫瘍のようなものがある」
先生が何を言ってるのか分からず、
私は2回聞き返しました。
そして、3回目にようやく言葉の意味が分かった途端、
ボロボロと涙が零れて、私は、診察台の上のチョップを
抱きしめていました。
先生は、手術を勧めました。
が、手術が出来るのが、遠い遠い大学病院。
手術、その後の治療が上手くいったとしても、
「チョップが1年生きられる確率は、70%。
けれど、チョップのクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)
を考えた時、今、食事も出来る、歩くことも出来る、
手術をすることによって、そのクオリティ・オブ・ライフが
下がる可能性もある」とも、先生は言いました。
私は、どうしていいか分かりませんでした。
いろんな人の意見を聞きました。
殆どの人、そして、私がその時、一番相談していた人も
「自然に任せながら、出来るだけ、
チョップの痛み、苦しみを取り除いてやることを
考えてあげたほうがいいと思う」
とアドバイスしてくれました。
チョップのために出来るだけのことをしたつもりでした。
病院から貰う薬のほかに、先生に相談して
了承を得た、1ヶ月数万円の漢方薬。
食事も柔らかく、細かく作り、私の手から少しずつ
食べさせました。
「何でも食べられるものを食べさせてあげていいから」と、
人間の食べるものや、パンやケーキ、
好物のマグロの刺身や、時には、焼肉屋さんで
生食用の肉を分けてもらったりしました。
その日も、チョップは、鳥のササミやパンを食べました。
夕方、オシッコをさせようとしたら、チョップは、
自分の足で立つことが出来なくなっていました。
私は、先生に電話をして、状態を説明したら、
別の薬を出してくれるというので、
チョップにまたササミを少し食べさせ、
薬を取りに行き、家に戻りました。
それから10分くらいして、突然、チョップが
「キューン」という声をあげました。
チョップのあんな声を聞いたのは、初めてでした。
「どうしたの、チョップ?苦しいの?」
私は、チョップを抱きしめました。
私の腕の中で、チョップの呼吸は、ゆっくりになり、
そして、静かに止まりました。
午後6時20分のことでした。
チョップは25kgほどもあり、私一人の手では、
抱えることが出来ず、近所の犬友だちを呼び、
2人がかりでクルマに乗せ、
病院に連れて行きました。
先生は「残念だけど・・」と言いました。
もうダメだ、ということは、私も分かっていたけれど、
それでも、病院に連れて行くことしか
私には出来ませんでした。
動物を飼った以上、いつかは来る日。
頭では理解していたつもりだし、これまでも
インコやハムスターや金魚の「その日」を
経験していたけれど、チョップの「その日」は、
私には、全然別の、特別な日でした。
それくらい私は、チョップと一緒にいたから。
それくらい私は、チョップと話をしていたから。
チョップと一緒に過ごした10年余りの時間は、
私にとってかけがえのないものです。
チョップは、私にとって、一番の、そして唯一の
大切な存在です。
チョップの好きなオヤツを買ってきました。
チョップのオモチャを買ってきました。
チョップへの花を買ってきました。
チョップ、気に入ってくれるかな。。
2009年9月13日。
今日で、ちょうど1年です。
とりとめもないことを、ダラダラと書いてしまって、
すみませんでした。。
それと、チョップのことで、いろいろと相談に乗ってくれ、
私を励まし続けてくれた方、私は、感謝しきれないほど、
感謝しています。
本当にありがとう。。
この場を借りて、改めてお礼を申し上げます。


