「『有名人が来る』と原宿・竹下通りが騒然」
昨夜、こんなネットニュースを読んでました。。。
まあ、ニュースの内容は、ともかくとして・・。
「竹下通り」というと、思い出す人がいます。
名前は、Sちゃん。
大学時代、同じクラスで、出席番号がSちゃんが1番。私が2番。
何故、Sという苗字なのに1番なのか、というと、
私と彼女だけが、英文科の中で「第一外国語にフランス語を専攻した」
奇特な学生だったからです。
そして、何故、英文科なのに、第一外国語を英語にしなかったか、
というと、「英語はどうせ4年間勉強しなくちゃならない。
だったら、その間に、ほかの語学も身につけたほうが
お得というもの」と、浅はかに考えていたからです。
おかげで、私とSちゃんは、3年間、フランス語と付き合う羽目になり、
自分たちの浅はかな考えを幾度となく後悔したものでした。。。
Sちゃんは、埼玉出身の女の子でした。
当時、彼女は、竹下通りのマックの近くの路地を入ったアパートに
住んでいました。
なんでも、原宿に住むことに憧れていたそうです。
そして、というか、ところが、そのアパートが、
当時でも、とてもレトロだったんです・・。
ドアは昔風の引き戸。
トイレ、炊事場は共同。
もちろん、お風呂もありません。
窓だって、今のようにスルスルと開くようなサッシじゃ
ありませんでした。
6畳一間の部屋の天井からは、裸電球が1つぶら下がっていました。
Sちゃんは、「これではあまりにもあんまりだ・・」と
電球に漏斗状の傘をつけたのですが、これがまたさらに、
部屋をレトロ感たっぷりなものにしていました。
私は、1年の時、時々、Sちゃんの部屋に泊まりに行っていました。
1年生って、教養課程で、「1日体育の日」というのがあったんです・・。
朝9時から、90分の実技が2つ続けざまにあって、午後は講義、という
とてもハードな1日でした。
しかも、それらが行われるのが大学とは違う場所で、
私の家からは、「旅行か?」と言いたくなるくらいの遠いところでした。
原宿からなら、8時に出れば授業に間に合うので、
体育の授業の前日の晩は、お泊りさせてもらうことがありました。
(それでも寝坊したりしてましたけど・・)
夜、Sちゃんは、ご飯を炊いてくれて、プラスチックのお茶碗に
(おままごとセットのようなヤツです)よそってくれました。
おかずは、決まって、ふりかけの「のりたま」でした(´∀`)。
時々、私もおかずを持っていったような記憶がありますが、
それも、ふりかけ、とか、海苔とかいった類いのものだったような
気がします。
原宿、とか、竹下通り、という言葉を聞いたり、見たりすると、
いつもSちゃんのこと、Sちゃんが住んでたアパートの裸電球や
プラスチックのお茶碗、そして「のりたま」を思い出します。
今は、あのアパートもないんだろうな・・。
Sちゃん、今はどうしてるのかな・・。
ずっと、ずっと昔の懐かしい思い出です。