せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披いてくれるでせうか。
その時は白粧をつけてゐてはいや、
その時は白粧をつけてゐてはいや。
ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に輻射してゐて下さい。
何も考へてくれてはいや、
たとへ私のために考へてくれるのでもいや。
ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいてゐて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、
いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまつてもいい。
すれば私は心地よく、うねううねの暝土の径を昇りゆく。
「盲目の秋」より 一部抜粋
情景が凄い・・。
まざまざと目に浮かぶ。
鮮烈に。
艶かしく。
女が彼を「死」へと導く。
心地よい死。
これは、肉体の死?
精神の死?
「たとへ私のために考へてくれるのでもいや。」
女は何も考えず、
彼も何も考えない。
無になって。
ただ、そこにある、というだけの無になって。
女の前に彼が。
彼の前に女が。
それ以外、何も無い。
二人を取り巻く世界すら、そこには無くなる。
無になった女の肉体と心だけ。
無になった彼の肉体と心だけ。
それだけが、そこにある。
そして、二人は、暝土の径を昇りゆく。
ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、
そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ。