始業式に、S先生にビンタされて反省の言葉を言った私は、その後部活動に参加してたのだろうか。
笑ってしまうが、全く覚えていない。
覚えているのは、帰りが遅くなると、兄に殴られたということと、料理が上手くできないと父に叱られた。父の暴力も怖かったが、兄は手加減なしの暴力だった。
家に帰ると近所に住む伯母が来て料理を教えてくれた。実際は、伯母が作ってる横で、料理などしたことない私は見ていただけで、次回は一人で作らないといけなかった。
伯母は父に、今日はどんな料理を教えたか伝えたため、父は私が料理の腕を上げているものだと思っていた。
現実は、何がなんだかわからずに過ぎていた。
週末は、父と料理を作った。父は、私が料理を覚えていると思いこんでいたため、できない私を罵ったり、時には叩かれたりした。いつも言われ記憶に残る言葉は、
「お前は努力が足りないんだ!」
だった。
父に褒められた記憶はない。
今思うと、私は褒められたかったし、
頑張ってるね!と認められたかった。
けれど、過去は変えられない。
買い物に行くのも大嫌いだった。
今は一人で買い物など、何の支障もないが、小学生が一人でスーパーに行って、スーパーのカゴに野菜や肉を入れて、会計を済ませて、スーパーの袋にまとめて、自転車のカゴに入れて帰るという一連の作業は、子どもの私には恥ずかしい以外なかった。時々、同級生に会うと「おばさーん!」と冷やかされたりもした。
今は料理は割と好きだ。
作るときは無になれる時間を作る。
カレーは玉ねぎを1時間は炒めるし、パンは手ごねするし、餃子は皮から作る。そうすることで作業中は無になれる。
孤独を忘れる手段になる。
あの当時は、作れない私を責めて怒る父。
朝食、昼の弁当、夕食、美味しくなかったり、気に入らなかったり、出来上がりが遅かったりすると、手加減なく兄は私を殴った。
当時の家は、味方など誰もいない。
私にとって地獄でした。