父が学校に来て、母の失踪を話してから数日後、S先生に放課後呼び出された。
兄の暴力に怯えていた私は、ずっと部活動には行っていなかった。
そのことで、また怒られると覚悟していた。
S先生「すまなかった」
え?え?え?
なぜ、謝るの??
と当時思っていたことは覚えている。
S先生は、子どもから見てもわかるくらい、とても申し訳なさそうに、
「知らなかったとは言え、叩いたこと申し訳なかった。許してほしい。」
という内容を、何度も言ったことを覚えている。
私は、おそらくキョトンとしてたと思う。
なぜ謝るのかわからないから。
けれど、大人になった今ならわかる。
きっと先生の立場なら、私も同じ思いだったかもしれない。
それからしばらく経って、秋の運動会の前日、S先生に再度呼ばれ、
「明日は弁当を持ってこなくていいから」
と言われた。
運動会当日、S先生は、私に、大きな弁当箱を渡した。
「おにぎりは、4つ入ってるからな!」
と笑ったのを、鮮明に覚えている。
母がいなくなったことで、私が弁当を作らなくてはいけないことを知って、S先生は、弁当を作ってきてくれた。
そう子どもの頃は感謝していた。
大人になってわかる。理由は知らなかったとは言え、子どもにしなくて良い暴力をふるってしまったという、先生の贖罪なんじゃないかと。
弁当を作ってもらったことは、父に伝えた。父は、やはり私に怒って、すぐに断らなかった私を叩いた。そして今後は断るように言われた。
S先生に今後はいらないことを伝えたが、弁当は、これで終わらなかったし、S先生から、お父さんには内緒でいいんだよと言われた。
それから、私が卒業するまで、弁当が必要な日は、全てS先生の作った弁当だった。
大人になってわかったS先生の気持ち。
できたら、お礼を言いたい。
S先生は、どこにいるのだろう。