いつかの会議でのことだった。

 

 

 

その日の会議は、おもーいイヤーな空気が流れた。

 

 

 

事故が起こった後の会議だった。

 

 

 

良く無いことの起きた後はだいたいこうなる。

 

 

 

自分はモヤモヤとした気持ちの中で会議を過ごす。

 

 

 

 

 

 

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振り返ると、そもそもなににもやっとしてるんだろう?

 

 

 

 

 

みんなの意見が出ないこと?

う~ん、違う気がする。

 

 

 

対策の話ばかりで、問題の本質の話ではなかったから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いんや、違うなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタッフは問題を自分たちの事として考えていた。けれど、自分たちの気持ちを素直に表現できていなかった。」

 

 

 

 

うん。

 

 

 

 

自分にとってはこっちのほうがしっくりくる。

 

 

 

 

そう、『素直に表現できていなかった』んだ。

 

 

 

 

後で、一人一人に聞くと

 

 

 

 

 

『自分はこう思っていた。』

『自分はこんなふうに感じていた』

 

 

 

 

 

と語ってくれる。『素直に表現できない』わけでないんだ。

 

 

 

スタッフがさらに言ってくれたのは、

 

『事故が起こった後は、罪悪感があってどうしても正しほうでいたいって思う!』

 

 

 

 

 

うん。自分が『合ってる』側でいたいよね。

『間違っている』側でいたくない。

 

 

 

 

それが、

『正解や答えにとらわれて、自分の思った気持ちにフタをした姿』

になって、会議で自由に表現できていなかったんだ。

 

 

 

 

 

自分が『合っている』立場でいたいもん。

 

間違っている存在でいたくないもん。

 

 

 

 

 

 

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みんなに共通する『答え』なんてないのはわかっているし、

 

 

 

正しさも正解も人の数だけある。

 

 

 

けど自分は、『合ってる側』でいたい。

 

 

 

そんなときに、

 

 

 

 

自分の気持ちにフタをして黙る。または相手に合わせる。(ガマンする)

自分の正しさを押し付ける。マウントとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『合ってる側』にいたい。

『間違った側』に居たくない。

 

 

 

 

 

自分より凄そうな人の教えや考え

世間の常識

上司や会社がもとめている正解

それらを「相手に」放り投げたとき、

 

 

 

 

自分の気持ちを無視してしまう。

 

 

 

 

だってそうしないと

 

 

 

嫌われてしまうから

人にどんなふうに言われるかわからない

使えないやつだと思われる

 

 

 

自分だってわかっている。

思ったことを伝えたい。

感じたことを表現したい。

 

 

 

 

自分の中で戦っているんだよね。

 

 

 

 

わたしがそうでした。

 

 

 

 

 

この戦いから抜けるのは、実は勇気がいる。こわいし。

戦いのさなかでの

負ける勇気。

罪悪感を突破する勇気。

正しさではなく、

自分の中から湧き上がる気持ちを

ずるむけで丸裸の素直な気持ちを

そっと差し出す勇気。

 

 

 

 

自分が正しさに捕われたとき、

自分自身の気持ちに正直になるために 

 

 

 

 

「どうなったらいい?どんな状態ならうれしい?」

 

 

 

自分が握りしめている正しさの戦いから脱出するための、魔法の質問。

 

これは自分がどう在りたいかっていう自律の言葉。

 

 

自分の足で立たなきゃいけないのは怖いし、

自分の選んだ結果を、自分で引き受けなきゃいけないのは怖いよねぇ。

 

 

勇気がいるよー。

 

 

そりゃそうだ。怖い自分でもいいじゃない。

オレも怖かったし、今も怖いけど、自分で決めた。決めました。

 

 

「怖いまま飛び込んでみよう。」

 

 

意外と大丈夫だから。(たぶん)