ここ数週間京都に週末いることが多くなった。
家から電車で45分で四条に到着することが出来るので京都は何かと便利な場所になってます。元々京都は好きで神社仏閣巡りもよくしてます。(夏場はちょっと回数減りますがw)
すこし「雅」な空気を感じてみたり「歴史」を感じてみたりと楽しんでます。
そんな中昨日ふとバックパッカーの外国人の人を見かけて物思いにふける。
・・・というのも知り合いが今月12日からフランスに留学することになりパリへ旅立った。若い彼の行動力に関心したり、自分ももう少し若ければ同じように留学などチャレンジを行っただろうか?なんて考えているなかでバックパッカーさんを見たときにふと考えた。
バックパッカーを見てて気付いたのは決して若い人達だけではない。
先週目撃したのも私たちとさほど変わらない、いや私より年上の人だろうな?と思われるような男女のカップルの外国人。彼らの行動にも関心する一方彼らはどうやって・どうしてこの日本に来たのだろうか?なんてことを考えから始まった。色々なことを想像しながら1つの疑問にたどり着く
「彼らは仕事はどうしてるのだろう?」
全ては想像の中だけど彼らも仕事をしっかりとしてお金を貯めて旅をしているのだと思う。と言うことは仕事はしている訳で旅行中は休むか辞めるかしてきているはずだよね・・・。
そんな話を週開けて話をしていたらとある知人からこういわれた。
「全員ではないでしょうけど彼ら外国人と私たち日本人と仕事に対する考え方が違う」
その知人の方曰く、仕事は人生において大切なことではあえるけど最も大切な事ではなくむしろ最も大切な事である人生を楽しむということを達成する為の課程にすぎないと。
だからああやってバックパッカーやっている人たちはこの旅行をする為に仕事も行い資金も貯めてきたのだと。貯まってしまえば長期の休暇をとって問題のない職場ならやすむだろうけどそうでなければ仕事を辞めて旅に出る人も少なくないと言うこと。
この知人は若い頃同様の旅を海外で行っていたので妙に納得。
いつの間にか自分の中で仕事が中心になり何をしてても仕事の事が中心でありそこからの派生の考えしかない何か寂しい事になっていると自己嫌悪する。とくに人にはクリエイティブなお仕事をして・・・と見られがちだけど決してそうではない。なんというかある意味枠にはめられた仕事ばかりを行っている。しかし、それも自分たちがある意味悪いんだろうなぁとも今回の事で気付かされた。
どんな場所でもどんな仕事でも楽しむことは出来る。
どこか人のせいにしたり世の中のせいにしたりして自分の仕事を論理的にまとめてしまい枠にはめた仕事しかやっていないことが自分にとってストレスになっているのだなぁと気付いた。
何だかやる気になれたような気がする!!

写真は私が晩御飯に入ったお店の料理のお写真です。
もつ鍋屋さんだったのですがもつ鍋じゃなくてポテトを撮影してしまいました。
その名も「きゃべつ次郎」
味は…そのままキャベツ○郎でした~!!!!