ゲイ占い師 豫 空潤です。

 

「歴史の中の多様な『性』」三橋順子著 岩波書店 を読みました。

3か月ほど前に発行されたことは知っていました。そもそも、著者の三橋順子さんは、有名なトランジェンダー(男性として生まれて、女性として暮らしている)の大学教授・研究者で、僕は彼女のブログをずっと読んでいます。

 

ブログを読んで、三橋順子さんの話はだいたいわかっているつもりでしたが……この本を読んで、上っ面しか理解してなかったと反省しました。

 

この本の中には、トランジェンダーだけでなく、同性愛などの多様な性のありかたについて、歴史的に、しかも日本という国を飛び越えて他のアジア諸国のことも詳しく解説しています。

 

「男女が愛し合うのが普遍的なこと」「男女が結びついて家庭をつくることが日本の伝統」という「同性婚」への反対派の論拠を三橋順子さんは見事に論破しています。

 

もともと、人類の「性」は多様なのです。近年、極端に同性愛や異性装を嫌悪するキリスト教的思想が世界中に広まっただけであり、本来は世界的にも歴史的にも、同性同士の性行為や異性の服装を身にまとうことは、普遍的に存在しているのです。

 

「同性同士の性行為」と書き記したのは、三橋順子さん曰く「同性愛というのは異性愛に対しての概念であり、日本古来の男色とは似て非なるもの」だからです。

 

確かに、江戸時代などの男色は、大人の男性が能動で、少年が受動と、はっきり決まっていて、その逆はなかった。現代の新宿2丁目などでのゲイ同士の性愛的役割は、年齢よりも個人の好み(嗜好)によるものが大きい。

 

また、江戸時代の陰間(かげま)は女装の少年であって、成人後は続けられなかった。そして、お客は大人の(女装しない)男性だった。この点も、現代のゲイ同士の性愛(ほとんどは女装しない男性同士)と、大きく異なります。

 

ただ、昭和・平成・令和と生きてきた地方出身のゲイ当事者の僕からすると、年長者が能動で、年少者が受動という傾向は、現代の日本のゲイにもあります。たとえば、僕自身、20代までは年上のゲイ男性と交際していて、どちらかと言えば受動でした。30歳を境にして、年下の男性とつきあうようになり、どちらかというと能動になりました。

 

僕のような者は、日本のゲイとして少なくないと思っています。つまり、現代日本のゲイ業界も、ある程度の「男色」を引き継いでいるのです。

 

受動役の男性が女装するというのも、昭和の地方の盛り場で見聞きしたことがあります。(僕自身は女装したことありません)

 

若くないゲイ男性にとって、相手を探すのが大変な地方において、「奥の手」として、女装して夜の盛り場を歩くというのです。

女装写真を見せてもらったのですが、はっきり言って「美しいとは言えない」「男性だとわかる」女装姿です。(ごめんなさい)

それでも、「女装して歩いていると、大半の人は冷たい目で見て来るが、一部、興味をもってくれる男たちがいる」というのです。

 

「興味をもってくれる男性の手を引いて、2人きりになれる場所にいざなうと、『いくらか?』と聞かれる。男娼だと勘違いされる」のです。それで「金は要らない。金は持っているからと、自分の財布を開けて見せると、男は安心してついてきてくれる」……。

 

つまり、男に性的興味を抱かない男性であっても、女装男性(それほど美しくなくても)には性的興味を抱く男性が(現代日本でも)一部存在するのです。

 

やっぱり歴史はつながっている……というか、人間の中には中世でも現代でも変わらない普遍的なものがあるんですね。

 

ちなみに、この「歴史の中の多様な『性』」は図書館で借りました。結構、あちこちの図書館に置いてあります。(定価3100円なので、購入してません。同じく三橋順子著「女装と日本人」は買いました……が、ゲイの友人に貸して……現在行方不明)

 

「恋愛は男女でするもの。なぜ、同性愛が存在するの?」「男に生まれたのに、なぜ女になりたいの? 女に生まれたのに、なぜ男になるの?」などと考える人にこそ、この「歴史の中の多様な『性』」を是非読んで欲しいです。世の中、そんなに単純ではないのです。

 

もちろん、「性の多様性」に関心がある人にも、是非読んで欲しいです。まさに「目から鱗が落ちる」になります。

 

さて、今日のゴーストタロットです。

↑「剣の4」リバース(逆さま)。見やすくする為に正位置で貼り付けてます。

不本意な「休み」から抜け出す時期が来ています。

活動再開です。

 

↑「正義」正位置。

あなたの努力や正当性が評価される時がやってきます。

希望を失ってはいけません。