ゲイ占い師 豫 空潤です。

 

一昨日、自民党は、LGBTなど性的少数者に対する理解増進法案を、今国会に提出しないことを明らかにした。

 

「性的指向と性自認の多様性を受け入れる寛容な社会の実現」という法案の目的には、異論は出ていないという。では、なぜ提出されないことになったのか?

 

野党も含む推進派議員の話し合いで追加された「差別は許されない」という文言が、自民党内部から「行き過ぎた訴訟や運動に発展する」という反対意見を呼び、受け入れられなかったという。

 

何であっても「差別は許されない」というのは当然だと思う。しかも、この法案には「罰則規定」も何もない。「差別をやめよう」ということを明文化しただけである。

 

「行き過ぎた訴訟や運動……」とは、いったい何を想定しているのだろうか?

 

先週の記事に書いた↓

 

自民党の元拉致問題担当相 山谷えり子議員が言った「アメリカでは、体が男なのに、自分は女性だと言って女子トイレに入れろとか、女子陸上競技に出てメダルをとったり、ばかげたことが起きている」ということだろうか?

 

確かに、女子トイレに「男性に見える人」が入ってくれば、問題だ。「心が女性だから」という言い訳は、それが嘘でなくても通らないだろう。

 

しかし、逆に、誰が見ても「女性」(戸籍が男性のままの、はるな愛さんのような人)は、どうなのだろうか? 戸籍が男性でも、未手術で実は男性器がついてても(はるな愛さんは手術済みですが)、服を着た姿が完全に女性なら、男子トイレは難しい。本人も嫌だろうし、周囲の男性も驚いてしまう。

 

トイレだけでなく、公衆浴場・更衣室も、周囲の人に「どう見えるか?」が重要だ。

トイレに行く度に性別を宣言する人はいない。「見かけ」と同じ性別のトイレを使えば(もちろん本来の目的で使用する場合)、まったく問題ないのだ。

 

50代の経産省職員が、10年以上女性として勤務しながら、2階離れた女子トイレしか使ってはいけないと言われて訴えた事例は知っている。(東京地裁では原告勝訴。先週の東京高裁では逆転敗訴)

 

この職員は「性同一性障害」と診断されたが、健康上の理由で性別適合手術が受けられず、戸籍も男性のままである。それを根拠に同じフロアの女子トイレの使用禁止を上司から言われたのだ。

 

この事例については、あえてブログでは取り上げてなかった。原告の人の「外見」を見ていないから、判断できないと考えたのだ。ただ、原告は「女性として通ってきた」と主張しているので、その通りなら、東京高裁の判決は、杓子定規で、性的少数者に配慮がないと思う。

 

「体が男なのに、女子競技参加して……」という問題は、

先日の「性分化に思う」↓でも少し書いたが、

 

「女性として暮らす権利」と「女子競技に参加する権利」は、分けて考えるべきだと思う。

 

なぜなら、男女の肉体的な「性」は基準が曖昧。無理に中間で線引きしても、ある程度男性化した筋肉や骨格をもつ女性は存在することになり、競技上では有利になるからだ。

 

つまり、社会や法律では、人権などにも配慮して性別を決めるべきだが、競技は別に考えた方がよい……と、僕は思う。トランスジェンダー女性や性分化疾患女性に対して、「男性ホルモンの上限」などの条件付きになることはやむを得ない……というか、これは競技規則の問題だ。

 

同棲する日本人ゲイ男性Tommy「話をLGBT法案に戻そうよ」

 

僕「うん、つまり、日本では、『行き過ぎた訴訟や運動』は起きていないし、起こりそうとも思わない」

 

Tommy「もしかしたら、『同性婚』を求める運動などを、一部の自民党議員は『行き過ぎた運動』と言ってるの?」

 

僕「とんでもないね。結局、差別で苦しんでいる(大半が自殺を考えたことがあるという)性的少数者の問題は無視して、差別があっても『差別された』と訴えられたくない……っていう考えから、法案提出は見送られた?」

 

Tommy「法案担当の稲田朋美委員長(自民党)が『私はあきらめていない』と言い、立憲民主党の福山哲郎幹事長は『法案成立にどんな協力も惜しまない』と言っているのが、頼みの綱だね」

 

僕「そこに期待しましょう」

 

さて、今日のゲイタロットです。

↑「カップのガイド」正位置。

自分で自分のカップの水をこぼしています。自身の欲を放棄し、人の為に尽くすという意味です。損な役割に見えますが、誰にでもできる訳ではありません。人格者だからこそ、できるのです。

 

↑「剣の聖人」リバース(逆さま)。見やすくする為に正位置で貼り付けてます。

裁判官が、判決を言い渡そうとしています。

あなたの考えに間違いはありません。しかし、人生……特に対人関係は裁判ではありません。相手を批判し過ぎてはいけません。

 

2枚を合わせ読むと、

あなたは、人の上に立つ人です。何の役職もなくても、年齢が若くても、そうなのです。

役職があっても、最年長であっても、できない人はできないのです。

 

あなたは、人に尽くすことができるのです。これもまた、ひと握りの人にしか、できません。

そして、あなたに求められるのは、温情・許容・寛容です。

 

鬼や悪魔に見えても、相手もまた、人間です。「吠える犬ほど弱い」のです。同じ立場に立つべきではありません。