ゲイ占い師の豫空潤です。都内にパートナー(ゲイ男性)と住んでます。↓は、自室の鑑定コーナーです。

 

ゲイって言うと、テレビに出てくる「オネエ」を連想するかもしれません。

でも、僕は「オネエ」ではないと、自分では思ってます。

 

「オネエ」とは、もともとゲイの中でも特に女性的な人を表す言葉。

だから、「ゲイ=オネエ」ではありません。

僕のように、ゲイだけどオネエじゃないと自称する方が多いです。(統計はとってませんが)

 

昭和30年代、東北の田舎に生まれました。

当時の男の子の遊びと言えば、草野球、相撲、チャンバラ……。

僕はどれも嫌いでした。

というよりも、小柄で痩せて体力がない上に、どんくさいので、苦手だったのです。

年下の子にも負け続け、笑われ、からかわれ、やる気がゼロになったのです。

体格や運動神経に恵まれていたなら、もう少し違っていたのでしょうが、今でも野球は興味ありません。(野球関係者の方、ごめんなさい)

 

そんな僕ですが、幼い頃にテレビで観た東京オリンピックは、今でも強烈に覚えてます。

陸上、水泳、金メダルを取った女子バレー……。

中でも水泳に心惹かれ、畳の上でクロールをしました。

今でも水泳好きですが、実際に泳いで楽しむようになったのは大人になってからです。

当時はカナヅチで、文字通り「畳の上の水練」でした。

水泳の話はまた今度にしますね。

 

で、「占い師」ですが、

田舎の貧しい家庭に生まれながらも、何とか高校大学を卒業し、

堅いお勤めに就いた僕が、まさか占い師になるなんて、子供の頃も、十代の頃も、二十代の頃も、全く考えてませんでした。

(今何歳か? 内緒です)

 

オカルトや超常現象などは人並みに好きでしたが、超能力者でもない僕が、なぜ、占いの道に進むことになったのか?

 

発端は、幼い頃に父が病死したことです。(だから、父の記憶はありません)

子供の頃から、僕は何か困ったことがあると、なぜか心の中で、亡き父に必死に祈ってました。

 

その結果は……僕が本当に困った時は、最悪の事態にはなりませんでした。偶然かもしれない、そう思いました。でも、神社やお寺に参拝する習慣がなかった僕は、心の中の父にすがるしかありませんでした。(精神的にも弱かった? その通りです)

 

その後も、死んだ父が身近にいるような感覚に何度もなりました。(実際に見えたりはしませんでしたが……)

思い込みかもしれない…・・・何度もそう考えましたが、父の墓参りをしたり、仏壇を拝んだりするうちに、なんだか運勢が上向きになってきたのです。

 

先に書いたように、田舎の貧しい家庭に生まれ、男の子の集団遊びにも入れないひ弱な少年が、受験や就職などの節目ではなぜかうまくいき、都会の勤め人になれたのは、父のおかげ…・・・そう信じてます。

 

そして、都会で働きながら、ゲイライフを過ごすうちに、現在のパートナーと出会い、あっという間に事実婚(男同士ですから、入籍は無理)。

そのパートナーの縁で、霊観占い大幸の峰ゆり子先生と知り合い、占いの勉強を勧められたのです。(パートナー自身は占い師ではありません。念の為)

 

僕自身の霊感は中程度(霊感は誰にでも少しはあると考えてます)ですが、亡き父が守ってくれていることを、峰先生は見抜いていたのです。

 

例えば、タロット占いですが、タロットカードは守護霊等が動かしてくれると言われています。カードの意味を読み取る時にはインスピレーションが大事で、これにも守護霊が関わっていると信じています。つまり、僕のタロット占いは、僕自身ではなく、死んだ父がおこなっている……ようなものです。

 

幼い頃から、母子家庭をハンディキャップと思っていた僕ですが、死んだ父のおかげで、占いの道に進み、占い師になった……人生って、本当に塞翁が馬ですね。