憧れの人☆私の神様
先生との出会いは7年?8年前?
面識も無いのに突然職場に電話したのがきっかけだ。
私はPT(理学療法士)という資格を持っていて、病院のリハビリ部門で働いていた。
専門学校を卒業して最初は総合病院に勤めた。
自分がどの分野に向いているかわからなかったからだ。
2年後、私は小さな脳神経外科に勤めるようになった。
自分に“向いてる”のではなく、“興味”があったから。
有床診療所というレベルの小さな病院ではあったが、脳神経外科としての機能はその地域でも1番であった。
院長の熱心さの塊のような病院だった。
そこで私は1つの手技と出会った。
しかし、それを勉強していくのはすごく大変だった。
私の理解力が追いつかなかった。
最初は上司や同僚が居て、一緒に勉強できる環境だった。
しかし、3年くらいした時に職場の状況が変わってしまい、先輩1人以外が退職してしまった。
目先のことに終われる日々で、自分の悩みを解決する努力ができずにいた。
何もできないのに職場で過ごす時間ばかりが増えていった。
そんな時に院長命令によって先生に電話したのだ。
先生は元々職場に居た上司と知り合いであったことから、田舎の病院に快く出向いてくれたのだ。
たった3日間だったけど、私はとても貴重な時間を過ごした。
先生が治療する時の手がとても好きだと思った。
先生は患者さんと言葉ではなく手で会話をする。
手話とかではなく、触れているその肌からその方の色んな情報を受け取ってしまうのだ。
(決して宗教的なものとかではありません)
そしてその手でその方の能力を最大限引き出しつつ問題解決に向かっていくのだ。
言葉ではないのだ。
先生は私が出会った手技において日本ではとても有名な先生だ。
誰もが憧れるような存在。
そんな先生の治療を付きまとうように見せていただいた。
それからは季節の挨拶程度のやりとりで私はその職場を退職した。
疲れたのだ。
しばらくして同級生がJICAで派遣されていたエチオピアに向かった。
遊びに行くつもりが毎日大学病院でリハビリをしたりマザーハウスや軍病院でもリハビリをさせてもらった。
とても充実していて一時帰国を挟んで半年滞在した。
一時帰国した際には勉強する機会を・・・と先生が講義を勤める北海道の病院での講習に特別参加させてもらったり、先生が勤める東京の病院でも研修させてもらったりした。
再び日本で働くようになってからは会うことなどなかった。
私はその手技の講習会へも参加できていなかった。
そして今の世界一周の旅。
出発する前に先生へ手紙を書いた。
時折先生からのメールが届く。
すごく嬉しい♪
そして今回、私がプラハに到着した日に先生からドイツに来るというメールをいただいたのだ。
小躍りしてしまった。
日本でもなかなか会えないのに海外で??
本当に貴重な時間を過ごさせていただきました。
自分に課題を持って色んな事を考えておられる先生の話はとってもキラキラしていました。
私も頑張らなきゃな。
これからもよろしくお願いします。
私の神様。




