イースター島で大地震を知る☆チリ
3月11日 イースター島 快晴
寝入る直前に雨が降った。
イースター島に来てはじめての雨。
最初の雨は通り雨のように10分くらいでやんだ。
再びうとうとしだした3時頃、今度は強い雨が30分くらい降った。
あんまり眠れずに寝れたのが5時過ぎだった。
そして8時前に部屋の外で“ハポン・ハポン”と何度も聞こえるのでベッドから出てみた。
“マグニチュード8.9の地震が東北であった”
テレビから流れるニュースでは日本の報道番組の一部が流されていた。
津波で押し流される車や船、浸水した仙台空港、火災炎上する工場、それと地震発生時の仙台放送、これらが繰り返し流れていた。
じいちゃんもお父さんもみんな日本の映像が流れると“日本が出てるよ”と教えてくれる。
そして“家族は大丈夫か?”と聞いてくれる。
ひとまず実家は愛媛だから大丈夫。
でも、友達は東北にもいっぱいいる。
ネットをつないでみると何とか見ることができた。
でも、なかなか色んなページは見れず、詳しい状況なんて知ることができなかった。
そして、イースター島にも津波が来ることを教えられた。
“現地時間で6時に来る。オロンゴ山に3時から避難するから”って。
今まで避難とか経験したことがない。
人生初の避難はイースター島。
じいちゃんも定位置の木陰ではなく一段高い場所でモアイ作り。
ネットも安定してつながらず、何もできずに半日を過ごした。
ひとまず昼食を済ませて、避難用に貴重品と食料と防寒具を用意した。
お父さんに呼ばれて車に乗ってオロンゴ山へ向かう。
宿の間番犬ドラーゴも落ち着きが無い。
到着した場所は想像したような建物ではなく、ただの道だった。
とにかく高い場所にって事らしい。
車から外に出てみんな海を眺めてる。
でも、私には日射しが強すぎた。
影になる場所に避難しつつ3時間が経ち、津波到着時間には海をじ~~っと眺めていた。
どれが津波かなんてさっぱりわからなかったけど、時間が過ぎても帰る雰囲気でもない。
お父さんに聞くと“8時に帰る”って。
ん~~2時間近くあるぞ。
なので目の前の山を登ってみた。
本当ならこんな所登ったら怒られるんだろうけど、今日は眺めようと登っている人がたくさんいたのだ。
そして火口が見渡せる場所に到着した。
すごい。
こんな綺麗な火口はそんなに見たことがない気がする。
いつもならはしゃぐところだが、今日は日本の事が気になって落ち着かない。
そのまま降りると帰るところだった。
宿に戻ってテレビを見ても、朝と変わらないニュース映像。
ネットはできない状態。
気分を紛らわす為に恒例の夕焼け散歩に行きたくても海岸沿いへの侵入は禁止になっている。
落ち着かない気分で夜を過ごしました。






