礼状を書きたくて書くのではなく書かねばならないから書くのは、生い立ちのどこかで誰かから「礼状を出すべきである」と教わったからである。

すべてのビリーフは誰かに洗脳されて身についたものである。

礼状を書かねばならないというビリーフくらいでは人生がどうかなるということはあまりないが、「結婚すべきである」「一流大学に入るべきである」「転職すべきではない」「管理職者になるべきである」「家を持つべきである」「借金はすべきでない」などのビリーフで縛られると、じっとしておれなくなる。

人並みの格好をつけねばならないと自分を駆りたてることになる。

さてそこで、こういうビリーフから自分を解放するには次のように自問自答することである。

こういうビリーフを教えてくれた人は本当に人生の達人だったのか。教えてくれた人自身は本当に幸福な人生を歩んでいたのか。今の時代でもこのビリーフは通用するのか。このビリーフのとおりに努力してそのために人生を棒にふった場合、このビリーフを教えてくれた人たちは責任をとってくれるのか。当時私が素直に服従しないとこの人たちの機嫌が悪くなるので文句が言えなかったが、今でも私は服従する必要があるのか。つまり成人した今でも服従しないと私は生きていけないのか。

要するに自由に生きるためには、そして人生の瞬間瞬間を味わって生きるためには、考えることが必要である。思考が変わると感情が変わり、感情が変わるとアクションも変わるからである。

『自己発見の心理学』國分康孝著より