その事件以来、僕はまず彼女たちの入力スピードを個々にデータ化した。

それも病状によって影響を受けるので、約3ヶ月ほどのデータをとった。


それをグラフ化し、1時間の入力文字数、半日の入力文字数、1日の入力文字数にと一度に表示できるようにする。


すると時間帯や曜日でその人の疲れやすい時間や、やる気の起きる時間が把握できるようになってきた。


また、長いスパンで見ると季節の変わり目に大きく影響を受ける人もいる。


そのデータにさらに、校正から見た誤打数を加えていく。

自分は正しく入力できたと思っても、実は良く校正すると赤字が出るものだ。


それが個々人でどのくらい出るのかを観察していった。


そうして、ひとりのオペレーターの病状からくる仕事への影響の特性を調べることにより、どの様な仕事なら誰にどの位作業させれば良いかがおのずと分かるようになってきたのである。


入稿した仕事の仕分け段階で、その中のどれをどの位誰に仕分ければ良いかが瞬時にわかり、その結果これまでの処理スピードが格段にアップしたのである。


これまで1週間かかってようやく終わっていた仕事が2日から3日で処理できるようになった。


と、ともにこれはまったく予測できなかったことだが、彼女たちオペレーターのモチベーションが上がってきたのである。


大変な仕事だと思っていたものが、仕分けによって適正に配分されることで、これまでよりずっと楽に仕事がこなせる様になった彼女たちは、仕事をするのが楽しいと思えるようになっていったのだ。


ついに僕たち電算課チームは、営業がとってくる仕事をことごとくやってしまい、もう仕事ないの? という言葉が出てくるまでになっていったのである――。

騒ぎを聞きつけて、ソーシャルワーカーの若松美晴がすっ飛んできた。


「大丈夫ですか?」

「なんとか…」


僕に平手打ちをかました彼女は、若松に連れられて休憩室の方に消えていった。


あっけにとられた僕もしばらくその場に立っていたが、ようやく我に返り、席に着いた。


まさか…彼女…僕に…


状況から考えて、そう解釈せざるを得なかった。


そっか…


まったく気づかなかった。

というより、そんなことは想像だにできなかった。


僕はその日以来、自分の持っていた考え方をまったく改めることにした。


僕は彼女たちをずっと病人だと思っていた。

精神障がいを患ってしまった不幸な人たちと思っていた。


だからどんな身勝手な要求にも従い、まるで腫れ物に触るように接してきた。


それによって僕の身体もこころももうへとへとになっていた。


その挙句が平手打ちである。


しまった。


彼女たちは病人である前に、ひとりの人間である。

つまり、ひとりの女性である。


このことを全く忘れていたのだ。


そんな当たり前のことが分からなくなるくらい、僕はこの障がいに対して全く無知だったのだ…。


そう思ったとき、よ~し。

と、力が湧いてきた。


彼女たちは、ここの女子社員なんだ。

だから、そういう態度で臨まねば☆


そうだよ、彼女たちは同じ仕事をするチームの一員じゃんか!!


それ以来、僕の仕事っぷりは、180度変化したのである――。

その女性は30代。


家は医者の家系で、非常に頭が良く優等生だった。


学生時代に精神的に不安定になり、ひきこもりが続いた。


精神病といっても様々な症状があり、区分がある。


特に現代は、簡単な病状でのわけ方では区別できないほど複雑な状態もみられる。


さらに昔では考えられないほど若い時から、精神症状が悪化する例もみられるようになってきていた。


考えてみれば、かつて「ひきこもり」なんていう言葉は聞いたことはなかった。


彼女は、女の職場に突然現れた30代の僕に、少なからず淡い感情を抱いたのであった。


そのことで毎日の仕事に関するモチベーションが上がり、他の人と比べてもかなりの量の仕事をこなすようになっていった。


一方僕の方は、腫れ物に触るように彼女たちに接していたので、彼女その仕事に対して、相当の美辞麗句で賞賛の言葉を浴びせていた。


彼女はその様に僕から褒められることで、益々仕事に集中し、物凄い速度で仕事をこなしていった。


そしてある日――。


女性従業員と立ち話をしている僕の姿を見た彼女は、いきなり近づいてきて、僕に平手打ちをかましたのである。


僕は思わず驚いて、呆然と立ち尽くしていた。


彼女も震えながら立ちすくんでいた。


その当時の僕は、まさか彼女が自分は病気でなく普通の女なんだと言う気持ちで、精神薬を呑まなくなり、精神症状が高まっていたが故の仕事のパワーだったとはまったく気づきもしなかった。


もっと言えば、彼女が僕にそんな気持ちを抱いていることすら考えも寄らないことだったのである。


残念なことに、彼女は精神症状の再燃ということで入院を余儀なくされてしまったのである。


僕はその日以来、今まで持っていた考えをまったく改めることにしたのだった――。